希代のプロデューサーが「遺言」に「仕掛けた罠」 自分で立ち、自分で考えるということの重要性

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本書からは、山崎がこの点に最も意を払ったことが伝わってくる。多彩でユニークなテーマを扱う研究会、サントリー学芸賞、サントリー地域文化賞、雑誌『アステイオン』などのさまざまな仕組みは、専門分野や出身大学などに囚われない専門家の越境的なネットワークを作り出すことで、サロンあるいは社交の安定的継続につなげる試みであった。片山はそれを「『知』」の循環」と呼ぶ。財団事務局についても、高い士気と能力で社交を支える屋台骨になれる人を得るよう努めた。そして、いずれも大きな成功を収めたのである。劇作家や評論家という知の生産者としてのみならず、社交を通じた知のプロデューサーであったことこそ、山崎正和の真骨頂であった。

残された課題

もちろん、山崎の企てが完全無欠で、後進はそれを単に引き継いでいけばよいというわけではない。山崎が掲げた理念と作り出した仕組みを継承しつつ、新しい時代に見合った新しいプロデュースが必要になるのであろう。それは学界や言論界など、現代日本の知的空間に関わる人々すべてが真剣に考えるべき課題である。

本書では、サントリー学芸賞の想定外の権威化、それに伴う「『知』」の循環」すなわち越境的であるべきネットワークの閉鎖傾向、理系がわかる人材の不足などが、現在のサントリー文化財団の課題として言及されている。これは特定の財団に限られた話ではないであろう。改善のための努力も行われているにしても、日本の言論界において、同じような顔ぶれが同じような場所や媒体に登場する印象は拭えず、しかもそれは年々高齢化しているようにも見える。また、現在のパンデミックにおいて典型的だが、自然科学の専門知に基づいて社会に発信される情報が少なすぎることは確かである。若く多様な論者の発掘と並んで、ジェンダーバランスの確保も、今後ますます大切になるだろう。

日本の知的空間の国際化も、持ち越された大きな課題である。これは、1つには日本語の知的空間に基盤を置く論者の見解を海外に発信することを指す。本書でも山崎や田所昌幸が英文誌Correspondenceの編集に10年間にわたり取り組んだ苦闘が述べられているが、日本から普遍性のある議論を打ち出す難しさは、その後も依然として続いている。それどころか、日本の国際的存在感の低下などに伴い、困難はさらに増しているとさえいえる。

もう1つの課題が、国際的に活躍する日本の研究者に、日本語読者に向けて書いてもらうことである。意外に見落とされている印象があるが、日本語を母語とするが研究業績はもっぱら英語などの外国語で挙げている人は、人文・社会科学においても決して少なくない。このような人々との間で新しいタイプの「「知」の循環」を確立していくこともまた、日本の知的空間にとって必要である。近年、池内恵が東京大学先端科学技術研究センターに開設した創発研究オープンラボなど、注目すべき取り組みも始まっているが、同じような動きがさらに続かねばならないはずだ。

課題はどれも、指摘するのは難しくないが、実際に対処するのは難しいものばかりである。つい腰が引け、現状こうなっているにはそれなりの理由があるのだから、という態度をとりたくなる。それでは駄目だとわかると「山崎先生の教え」の中に「正解」を探そうとしてしまう。しかし、本書が描き出す山崎の姿は、そのような安易な考え方とは正反対のところにある。つねに自分で立ち、自分で考える。それが山崎の人生そのものだったのであり、本書に示された最大の「遺言」なのであろう。

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