アマゾンが会議でパワーポイントを使わない理由 ナラティブを書く「暗黙知」の顧客視点が強み
一方、顧客と思いを共有し、顧客への共感を起点にして、事業開発や商品開発でイノベーションを実現した事例を紹介したのが前出の拙著『共感経営』だった。野中の提唱する知識創造理論により成功の本質を読み解き、ナラティブ・ストラテジー(物語り戦略)のあり方を提起した(注:物語り戦略では、リーダーが戦略を「物語る」ことによりメンバーの実践が後押しされるため、「物語り」という動詞形の表現を使った)。
ナラティブ・ストラテジーも企業のパーパス(存在意義)が前提となる。さらには、トップから第一線の社員にいたるまで、「自分はどうありたいか」という思いや生き方も問う。
企業のパーパスや1人ひとりの思いの実現に向け、「何を、何のために」行うかという目的や目標を達成するため、その都度、最適最善の判断を行って、物語を紡ぎ続け、成功に至る。その過程では、取り組みにかかわる人々の間で、「いかに」判断し、行動するかという行動規範も共有される。
市場分析が跳梁跋扈する人間不在の分析的戦略に対し、人間ありきのナラティブ・ストラテジーは「ヒューマナイジング・ストラテジー」、すなわち、「戦略の人間化」といえる。
ナラティブ・ストラテジーが求められるようになってきたのは、人の生み出す知識こそが価値の源泉となる「知識経営」の時代になってきたためだ。新たな知識は、暗黙知(言葉や文章で表現することが難しい主観的・個人的な知)と形式知(言葉や文章で明示できる客観的・社会的な知)のスパイラルな相互変換プロセスによって創造される。
その相互変換プロセスは、暗黙知の共有から始まる。事業開発や商品開発であれば、顧客との暗黙知を共有が起点となる。暗黙知の共有とは共感にほかならない。『共感経営』で取り上げた事例はすべて顧客への共感が起点となっていた。
”共感のバトンリレー”
前述の冷凍食品の「手間抜き」をめぐる物語も、疲れて帰宅して夕食に冷凍餃子を焼いて出したところ、夫に「手抜き」といわれたユーザーへの共感から始まった。パーソナルモビリティの開発も、100メートル先のコンビニに行くのもあきらめていた車いすユーザーへの共感が出発点だった。
顧客やユーザーへの共感から始まるナラティブ・ストラテジーは、”共感のバトンリレー”の様相を呈する。共感のバトンは第1走者の発案者から、取り組みに関わりのあるすべての当事者を経て、アンカーである顧客やユーザーに手渡され、そこに初めて価値が生まれる。その意味で、ナラティブ・ストラテジーとは物語的な共創構造を持った戦略ということができるだろう。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら