「頑張ることをモットーにする人」が陥る3つの罠 89歳のシスターが伝える「不安を消すヒント」
Xさんは、老人ホームにいる親にシニア向けの携帯電話を持ってもらおうと手続きして、使い方をゼロから教え、毎日のようにメールを送り続けたそうです。
「おはよう。昨晩はよく眠れた?」
「今日はいい天気で気持ちがいいね。調子はどう?」
たった一文のシンプルなメールです。けれども、Xさんのお母さんはメ—ルのやりとりをとても楽しみながら、心穏やかにホームで最期まで過ごされたそうです。
この話を聞いてよくわかるのは、離れたところにいる親に愛情を送り続ける大切さです。ホームに入所した親にとって一番怖いのは「家族から見捨てられること」なのです。どんなに物質的に恵まれた環境にいても、家族から邪険にされれば、幸せであるとはいえません。
Yさんは、老人ホームにいるお父さんを見舞うたびに、千円札をお小遣いとして渡していたそうです。「頻繁に1万円札を渡すことは、私には少し難しい。けれども千円札であれば、月に数回なら工面することができます。親父は認知症になっていました。だから、たった1枚の千円札を見ても腹を立てたりすることもなく、純粋に『ありがとう、ありがとう』とまるで子どものように大喜びしてくれたのです。父の笑顔に、何度も胸が熱くなったものです」
このように、老人ホームに介護をお任せするにしても、そのあとに「聖なるあきらめ」で最善の道を選んでいくことができれば、自分を責めすぎることはありません。
「聖なるあきらめ」が、あなたの心を軽くする
晴れやかな気持ちで始まったはずの令和という時代が、まさかこのような困難な局面を迎えるとは、いったい誰が予想できたでしょうか。
私たちの心の中に生まれた「不安」。不安はストレスを生み、私たちから幸せを遠ざけます。不安が、心の余裕を奪ってしまうからです。
本来ならば、いっそう心を寄せ合うべき人との関係がギスギスして、不協和音を立てることになります。しかし、そんな悲しみも、そのまま不幸になるわけではありません。たとえ不幸に思われる状況であっても、心のありよう次第で、不幸にはしない考え方。それが「聖なるあきらめ」です。
「聖なるあきらめ」とは、賢く気持ちを切り替えて「あきらめる」ことで、みんなが幸せに近づく行為のこと。世の中が重苦しい不安に覆われているときだからこそ、人の心が軽くなるように、「あきらめよう、あきらめよう」と、私は皆さんに呼びかけたいのです。
私は人との出会いや、聖書や文学作品からの学びから、この考え方にたどり着きました。本書には、たくさんの人に聞いたさまざまな体験を載せています。彼らの話は、私に「聖なるあきらめ」を教えてくれました。本書を通して、他の人の体験を分かち合うことが、よりよい人生を送るうえで大きな力になるのだと、皆さんにもぜひ知ってほしい。そう願っています。
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