韓国の民主化「栄光の6月」を台湾の学生が学ぶ

1987年以降の民主化の過程をともにする韓国と台湾

1987年6月9日、民主化運動中に警察が発射した催涙弾を頭部に受け意識不明となった李韓烈氏(真ん中に見える絵)は同年7月5日に死亡した。同月9日に行われた国民葬には、全国から多くの人が集まった(写真・朱立熙)

韓国にとって6月は栄光の月であり、悲しみの月でもある。1987年6月、韓国で「6月民主抗争」といわれる民主化闘争が最も激しかった時期であり、この闘争は同月29日の「民主化宣言」という果実として実った。しかし、この中で多くの血が流れ、そして犠牲者も出た。

中でも、6月民主抗争の犠牲者であり、闘争のシンボルとなった学生がいる。李韓烈(イ・ハンヨル)。当時、韓国・延世大学経営学科の学生として、民主化運動を熱心に行っていた学生だ。6月民主抗争中の同月9日、延世大学正門前で警官たちと対峙していたとき、警官隊が発射した催涙弾が後頭部を直撃、意識を失ったまま昏睡状態に陥った。そのまま意識は回復せず、民主化宣言後の7月5日、息を引き取った。催涙弾を受け崩れ落ちようとする李氏を必死に抱きかかえる友人との写真は、6月民主抗争を代表する歴史的な1枚だ。

韓国民主化運動のシンボルとその死

一方の台湾でも、1987年は現代史でも重要な年だ。1949年5月20日以降続けられた戒厳令は、この年7月15日に解除され、蒋介石・蒋経国親子による権威主義の時代が区切りを付けた。当時の副総統で、2020年に亡くなった李登輝が台湾のための民主化を進めようとした年だ。かつて「アジア四小龍」と言われ、シンガポールと香港とともに高度経済成長を成し遂げた両国は、民主化への過程をともにしている。そんな同時代に歩み始めた民主化の歴史を学ぼうと、台湾で1つのイベントがあった。

台湾・国立政治大学で教鞭を執る朱立熙教授と、李韓烈氏のそばで民主化運動をともに戦ってきた韓国・李韓烈記念館の李京蘭(イ・ギョンナン)館長が、同大の学生約120人を相手に、韓国の6月抗争と民主化について講義した。また朱教授が、韓国と台湾の民主化の過程を比較しながら解説した。朱教授は1980年代に台湾紙『聯合報』のソウル特派員として韓国の民主化運動を現場で取材し続けた人物であり、同大の授業では韓国現代史の生きた証人たちを招き、当時の状況とその後の韓国の歩みを講義している。

当時、韓国警察が鎮圧用に使っていた催涙弾(写真・朱立熙)

「われわれが当時望んでいたのは大統領直選制、自分たちの手で国のリーダーを選びたいということでした」。李館長は民主化の最大の目的について語り始めた。1979年の全斗煥元大統領による軍事クーデター、1980年の光州事件を契機に、学生を中心にした民主化運動は年々激化し、1987年に入ると国民の民主化要求は高まっていた。だが、任期7年の最終年を迎えた全斗煥政権は、直選制に対する回答として、当時の憲法に規定されていた選挙人団選挙による間接選挙での次期大統領選出を発表した。「4.13護憲措置」といわれるものだ。

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