東武桐生線、地方路線が秘める「都心直通」の底力

のどかな風景の中を浅草発着の特急が駆ける

「新桐生は、東京にいちばん近い駅なんです。特急『りょうもう』に乗れば東京都心まで乗り換えなし。なのでコロナ前はとくにたくさんの方が『りょうもう』をご利用いただいていましたね」(木村さん)

言われてみればそのとおり、JR両毛線では東京に向かうためには小山か高崎という両端に出なければならない。特急ひとつで東京都心に乗り入れることのできる新桐生駅と桐生線は、その点だけを持っても大きな役割を果たしてきたのだ。

桐生という町は、古くから生糸の生産が盛んで繊維産業の町として発展してきた。市制施行は1921年。つまり今年で桐生市誕生から100年の節目にあたる。かつて足利や伊勢崎、赤城山を含め、バス路線網によって結ばれていたというが、モータリゼーションの進展に伴ってバスが廃止され、それぞれの鉄道駅が互いに離れた場所に残されてしまったのだ。

「ただ、JRさんや上毛電鉄さん、あとはわたらせ渓谷鉄道さんと一緒に四鉄道合同ハイキングというイベントも一緒にやったりしているんですよね。沿線を盛り上げて元気にしていこうという思いはみんな一緒です。最近では桐生の町も銀だこの創業者さんの出身地ということで、『炭水化物なまち』としてPRをしているんです。そうした取り組みに私たち鉄道も、少しでも力になれればいいですよね」(木村さん)

新桐生駅に残る”遺構”

そんな新桐生の駅には、木村さんが見つけたちょっと気になるスポットがあるという。その場所は駅舎の裏手だ。

「井戸のようなものがあるんですよね。その近くの地面を足でさらってみたら、古いレールが埋まっていた。だからたぶん想像なんですが、これは昔の蒸気機関車の給水施設として使われていたんじゃないのかなと」(木村さん)

新桐生駅の古井戸。左手の茂みが井戸で、右側にはレールも見える(筆者撮影)

その言葉を聞いて訪ねてみると、たしかに駅舎の横に何やら小さな井戸のようなものが見つかった。すぐ隣にはレールも埋まっているし、古き新桐生駅で何らかの形で仕事をしていたのだろう。

桐生線は藪塚付近にあった石切場から石材を輸送する人車軌道に端を発し、太田軽便鉄道を経て1913年に東武鉄道の路線網に組み込まれて開業した。当初は太田―相老間だけだったが1932年に新大間々(現・赤城)まで延伸して全通している。新桐生駅には当時の根津嘉一郎社長も出席した開業式典の写真が残されている。

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