「北朝鮮の強制収容所」3Dアニメで描かれた"現実" 映画「トゥルーノース」が担う啓発的な役割

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この作品が放つ力強さがあれば、『北朝鮮脱出』や『北朝鮮 絶望収容所』『収容所に生まれた僕は愛を知らない』といった書籍がかつて果たしてきた啓発的な役割を引き継ぎ、北朝鮮で今も起きている悲劇を若い世代に伝えられるかもしれない。

さらに、本作を見た人たちの中から、いざというときに北朝鮮の人たちに手を差し伸べようと考える人たちが新たに出てくることだって考えられるのではないか。そんな考えが頭に浮かんだ。

実写ではなく3Dアニメで描いた理由

本作で、監督・脚本・プロデューサーの三刀流を務めたのは、清水ハン栄治だ。在日コリアン4世であり、北朝鮮の問題については、他人ごとではない立場で関心を持ち続けてきた。幼少期には、帰還事業で北朝鮮に渡航し、その後、消息を絶った在日同胞の話を折に触れて耳にし、祖父母からは「悪いことすると収容所に入れられちゃうぞ」と言われた記憶が残っているという。

監督の清水によると、タイトルである『トゥルーノース』には、2つの意味が込められているという。1つは英語の慣用句である「絶対的な羅針盤」という意味。人間として目指すべき方向や、人生の真の目的とは何なのかを、清水は作中の主人公たちを通して描いている。

もう1つは、「ニュースでは知ることのできない北朝鮮の現実」だ。政治犯強制収容所という過酷な環境の中でも、希望を捨てずに生き抜こうとする人間の強さを示している。

3Dアニメにしたのは、強制収容所の状況を実写で表現するとなると、あまりの悲惨さに目を背けてしまう人が出てくると危惧したためだ。アニメであれば、幅広く、若い世代にも受け入れられやすい。さらに日本発のアニメとなれば、世界的にも注目を集めやすくなる。

予算的な問題もあったようだが、この作品を3Dアニメで描いたのは大正解だったと思う。アニメによって表現を和らげつつ、アニメだからこそ可能になったであろう細かな描写やコミカルな場面が全体を通じて上手に盛り込まれている。見ているうちにぐいぐいと劇中に引き込まれていくはずだ。

人はしばしば、自分のことだけを考え、他人を蔑ろにすることさえいとわない。それが、人というものなのかもしれない。だが、ときに大切な人のために自らの命を投げ出し、それをよしとする人間がいるのも確かだ。『トゥルーノース』は、そうした人間の気高さにも触れている。

この世界は、やはり不公平で、理不尽さに満ちている。この状況を変えるのは極めて難しい。しかし、それでもあきらめずに最後まで抗い続ける人たちが消えることはない。

北朝鮮の人々が直面し続けている深刻な不公平さや理不尽さを思うとき、今一度「トゥルーノース」という言葉の意味が胸に突き刺さってくる。

何もせずに見て見ぬふりをするしかないのか、それとも何かできることはあるのか――。『トゥルーノース』は、そんな自問を投げ掛けてくる映画でもある。

野口 孝行 フリーランスライター/翻訳家

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のぐち たかゆき / Takayuki Noguchi

1971年、埼玉県生まれ。メーカー、商社、編集プロダクション、出版社勤務を経て、2011年に独立。アメリカ・アーカンソー州立大学政治学部卒業。著書に『脱北、逃避行』(文春文庫)。訳書に『外交官の使命 元駐日アメリカ代理大使回顧録』(ジェイソン・ハイランド著・KADOKA WA)などがある。

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