「フォートナイトとの闘い」でアップル譲歩の理由 圧倒的強者に立ち向かう「ナラティブ」の力

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ストーリーにおける主役は、あくまで企業やブランドである。あなた(生活者)は、演者ではない。オーディエンス(聴衆)だ。それに対し、ナラティブではあなた(生活者)も主人公だ。決してステージを見上げる聴衆ではなく、あなたも演者として物語の中に存在している。ストーリーにあなたは参加していないが、ナラティブではあなたはその一部である。1984年のコンピューターユーザーである「あなた」や、2020年のフォートナイトユーザーである「あなた」は、れっきとしたナラティブの登場人物なのだ。

ストーリーには必ず、「始まり」があり、「終わり」がある。それに対し、ナラティブには終わりはない。つねに現在進行形なのがナラティブだ。ストーリーには、いわゆる「起承転結」があり、企業ストーリーとは主に過去の話か現在完了形である。ナラティブは「未来をも」包含する。「これから起こること」も含めてナラティブなのだ。アップルとフォートナイトの事例は、1984年に端を発して、現在進行中である。

ストーリーは会社起点、ナラティブは社会起点

また、ストーリーの舞台は、その企業が属する業界であったり、競合環境だったりする。それに対し、ナラティブの舞台は「社会全体」だ。ストーリーは会社起点であり、ナラティブは社会起点である。ストーリーは企業からの一方通行な物語だが、ナラティブは社会で共有される物語だ。ストーリーは企業の声や思いを体現するものだが、ナラティブは社会の集合的な考えや価値を体現するものだ。フォートナイト(エピックゲームズ)は、「訴訟」という社会的な行動をとったうえで、動画を公開している。ユーザーや従業員、取引先までを含む、社会という舞台でナラティブは展開されている。

アップルへの風当たりは強く、独占禁止法に抵触しているかどうかをめぐってはアメリカで公聴会も開かれた。そして、裁判を扱うカリフォルニア州北部地区連邦地裁は、5月に入ってから両社幹部らが出廷する公判を始め、現在に至っている。

風当たりの強さを受け、アップルCEOのティム・クック氏は、5月21日の証言で、エピック側に歩み寄る発言もしている。「ルールさえ守ってくれれば(ユーザーの)利益になると思う」と述べ、配信再開に前向きな姿勢を示したのだ。

連邦地裁によれば、「8月13日までに陪審制によって結論を出す」という意向のようだ。法廷での結論がどうあれ、このナラティブはこれからも現在進行形で続いていくだろう。

本田 哲也 本田事務所代表取締役、PRストラテジスト

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ほんだ てつや / Tetsuya Honda

「世界でもっとも影響力のあるPR プロフェッショナル 300 人」に 『PRWEEK』 誌により選出されている。「PRWeek Awards 2015」にて「PR Professional of the Year」受賞。1999年に世界最大規模のPR会社フライシュマン・ヒラードの日本法人に入社。2006年ブルーカレント・ジャパン代表。2019年より現職。著書に『戦略PR 世論で売る。』(アスキー新書)、『その1人が30万人を動かす!』(東洋経済新報社)など。国連機関のアドバイザーなどを歴任。世界最大の広告祭カンヌライオンズで公式スピーカーや審査員を務めている。公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)理事。

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