「アマゾンを50年先取り」していた宝塚経営の実態 100年続く宝塚歌劇団のすごいビジネスモデル

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ここで注目したいのは、アマゾンにしろ、宝塚歌劇団にしろ、ニトリや良品計画にしろ、ロイヤル顧客による購買行動のサイクル化を実現している企業では、収益について、既存の概念とは異なるモデルが描けることだ。

収益モデルを中長期的な時間軸で捉えている

通常、収益はある時点での「商品・サービスの価格×販売量」で計算される。これに対し、カスタマーエクスペリエンス重視の企業では、収益を「ライフタイムバリュー×伴走型顧客の数」のように、中長期的な時間軸で捉えることができるようになる。

ライフタイムバリューとは「顧客生涯価値」と訳される。1人の顧客が特定の企業やブランドと取引を始めてから終わりまでの期間(顧客ライフサイクル)内において、どれだけ利益をもたらすかを算出したものだ。このモデルでは、販売量を増やすこと以上に、カスタマーエクスペリエンスを重視し、ライフタイムバリューの高い伴走型顧客を1人でも増やすことが重要になる。

そのとき求められるのは、徹底した顧客視点の経営だ。

顧客が感じ取る経験価値は、感覚的で心理的な共感にもとづく。その共感は本質的には言葉では表現しにくい暗黙知の世界だ。宝塚歌劇団の男役の成長に伴走する経験価値やムジラーが無印良品で自分の生活スタイルを演出する経験価値は、その典型だろう。

「い・ろ・は・す」の地球環境保護や「その次があるバスタオル」の資源有効活用といった経験価値は、客観的で分析的な知的理解による部分もあるが、その商品を着想した開発者への共感が下支えする。

とすると、企業に求められるのも、顧客への共感以外の何ものでもない。顧客の立場に立ち、顧客になりきり、顧客と暗黙知を共有する「共感経営」だ。

宝塚歌劇団も1960年代後半、競合するほかの演劇との競争を意識し、海外のヒット作を分析して、作品の品質を競おうとした時期があった。しかし、まったく成功しなかった。

それが、「ベルばら」を機に、品質競争をやめ、女性が求める理想の男性像を男役が演じるという、男役の再創造に踏み切った。それが顧客の圧倒的な支持を得て、100年続く経営が可能になった。

競合との競争から顧客との共創への転換。それにより、レッドオーシャンから抜け脱し、「独自のブルーオーシャン戦略を確立した」との著者の指摘が教訓的だ。

勝見 明 ジャーナリスト

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かつみ あきら / Akira Katsumi

1952年神奈川県生まれ。東京大学教養学部中退。フリーのジャーナリストとして、小売からメーカーまで、企業の成功事例を数多く取材。経済・経営分野で執筆・講演活動を続ける。専門はイノベーションを生む組織行動、リーダーシップ論。主な著作に『共感経営』(共著、日本経済新聞出版)、『新装版 鈴木敏文の統計心理学』(プレジデント社)などがある。

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