沖縄で「安室奈美恵とDA PUMP」が生まれた理由 米軍の存在が音楽にもたらした小さくない影響

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スクールのレッスンは、「下半身でビートを刻むことを徹底的にたたき込む」ことから始まる。「沖縄アクターズスクールでは、『型』は教えない。踊りは『型』を見せるものではなく、連続した動きを見せるものだ」(同書127ページ)。安室奈美恵は、レッスンを受けるまでもなく最初からそれができていたのである。

この安室奈美恵の出現によって、私たちもアイドル歌手のダンスの魅力を知るところとなった。

歌の際の動きが魅力になる点は、従来のアイドル歌手でも変わりはない。しかしその場合は、教えられたとおりの振り付けを繰り返すだけの場合がほとんどだ。1970年代の森昌子、桜田淳子、山口百恵の「花の中三トリオ」や80年代の松田聖子もそうだった。いくら振り付けが魅力的だったとしても、その点、従来のアイドル歌手は根本的に受け身だった。

それに対して、安室奈美恵のダンスは主体的なものである。自分の身体に刻み込んだビートをベースにして「連続した動き」で自らの内にある思いを表現する。それは教えられた動作の単なる反復ではなく、パッションを伴う自己主張である。むろんそれは、沖縄アクターズスクール出身の歌手すべてに共通することだった。

DA PUMPの登場、そしてブレーク

DA PUMPもまた、同じく沖縄アクターズスクールの出身である。まずKEN(1979年生まれ)とYUKINARI(1978年生まれ)が二人組で活動をしていたところに、SHINOBU(1980年生まれ)、次いでISSA(1978年生まれ)が加わり4人組になった。1996年のことである。ISSAは幼いころに沖縄アクターズスクールに通っていて子役の活動もしていたが、いったん離れていた。高校生になり、再び通うようになったのである。

当初4人は、KOOZ、そしてBilly The Kids のグループ名で活動し、地元沖縄ではすでに評判になっていた。そこにデビュー話が持ち上がり、上京。約8カ月に及ぶレッスンを経てDA PUMP(「DA」は「THE」の俗語的表現、「PUMP」は「跳びはねる」の意味)として1997年6月に正式にデビューした。

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