(中国編・第八話)ラストチャンス

ここからの話は関係者に迷惑がかかるため、現時点でまだ全てを明らかにするわけにはいかない。

 私は次期総理が事実上固まっていた当時の安倍晋三内閣官房長官に、この日中対話の舞台で挨拶をお願いできないかと思っていた。会場には中国の有力者が参加し、議論の内容は北京など中国国内に直接報道される。問題は安倍氏がこの言論NPOという非営利組織からのボールを受けて、中国やアジアに投げ返してくれるのか、ということである。
 私は、安倍氏と面識もないし、安倍氏の持論が海外では若干、右寄りの領域にいると思われていることも知っていた。ただ、私には一種の確信があった。次期政権にとっては、個人の主張がどんなものであれ、空白のアジア外交を立て直すしか、この不安定な国際環境に日本が主体的に取り組む道は残されていない。安倍氏ならこの舞台を活用するに違いない、と。
 私が相談したのは当時の外務副大臣の塩崎恭久代議士(安倍政権下では官房長官)などである。そして多くの有識者に私の動きを後押ししていただいた。

 この過程で今でも印象に残っている二つの場面があった。
 一つ目の場面は、自民党の当時の中川秀直幹事長に分科会の基調報告をお願いするため事務所を訪ねた時である。無理を承知でのお願いだったが、開催日が8月3日だと分かると、手帳でその日の予定を確認し、出席を即決していただいた。
 二つ目は、6月頃、六本木の中国大使館にフォーラム開催で挨拶に行った際に、高官から「工藤さんは歴史を動かしましたね」と咄嗟には意味を掴めない言葉で話しかけられたことである。私が安倍氏の挨拶を想定して動いていたことは身内のごく限られた人しか知らず、中国側にも伝えてはいなかった。
 舞台は私たち非営利組織が用意をしようとしたが、私も知らないところで全ての歯車が、この舞台を中心に回り始めているように感じた。

 フォーラムまでの数か月は、まさに胃の痛くなるような日々でもあった。
 日本側の参加者は当時の小池百合子環境大臣、町村信孝代議士(現官房長官)などの政治家や経営者やジャーナリストなど48人が固まり、中国側からも閣僚級の要人5人を含む26氏の来日が決まった。
 ただ、私が最後まで心配だったのは、安倍氏の挨拶のことだった。本当に安倍氏はフォーラムに来てくれるのか、また、この場で関係改善に向けたスピーチを行うのだろうか。もし、逆の発言になったら、フォーラムだけではなく、アジアの将来自体に深刻な影響が出てしまう。
 官邸サイドから、安倍氏が挨拶を行う旨の報告が正式にあったのはフォーラム開催のまさに三日前だった。大会のプログラムも直前まで挨拶の欄には、政府挨拶しか書かれていない。その空欄にその日、安倍官房長官の名前が書き込まれたのである。

 そして、フォーラムの当日がやってきた。

  (毎週更新予定)    
工藤泰志
工藤泰志(くどう・やすし)
言論NPO代表。
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。
東洋経済新報社で、『週刊東洋経済』記者、『金融ビジネス』編集長、『論争 東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。
言論NPOとは
アドボカシー型の認定NPO法人。国の政策評価北京−東京フォーラムなどを開催。インターネットを主体に多様な言論活動を行う。
各界のオピニオンリーダーなど500人が参加している。

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