そして、日本は同盟国として、アメリカに静かにそれを想起させる役割を果たすべきです。日本とアメリカは、目的は1つであっても、アプローチの方法は異なることを互いに認識し、擦り合わせを行ったうえで、役割と責任を分担するというのも考え方の1つです。
貿易の問題も楽観視はできません。政権がトランプからバイデンに移行したからといって、アメリカが自由で無差別の多角的貿易体制への支持に復帰するかどうか疑問です。アメリカのTPP(環太平洋パートナーシップ協定)脱退後、日本はCPTPPの締結にリーダーシップを発揮しましたが、バイデン政権になっても、アメリカがTPPに復帰できない可能性は非常に高いと思います。
さらには、中国が加盟に関心を示し、CPTPPが非常に地政学化する状況の中で、中国の狙いがそこにはないとしても、結果的に、CPTPPが日米の分断を促す危険性は非常に高いと思われます。
日米両国はそれを避けなければなりませんが、バイデン政権は現実的な貿易政策を示していません。政権移行後も、アメリカには中産階級を鼓舞し、その利益に資するような保護主義的外交・貿易政策しかないのが実情です。
通商協定においては、交渉参加国の間でコミュニティー感覚が生じ、それが協定締結の駆動力になり、参加国の絆が深まります。蚊帳の外にいたアメリカには一種の焦りがあるはずで、バイデン政権はインド太平洋地域での通商協定の構築にどのように関与するのか、可能な限り早い時期に回答を示さなくてはなりません。それができなければ、自由で開かれたインド太平洋構想そのものが、崩壊してしまうおそれがあります。
先の日米首脳会談の共同声明では「日米両国は志を同じくするパートナーと連携しつつ、インド太平洋地域における繁栄を達成し、経済秩序を維持することに対するコミットメントを再確認する」とうたいましたが、トランプの貿易戦略と違うものはなにか、貿易に対してどのようなナラティブで臨むのか、アメリカは用意できなかったと感じます。
日米の「差異」を前提とした日本の主体性
細谷:日本の課題についての私の問題意識は、日米同盟、あるいは日米関係は、従来の思考の延長線では十分に対処できないということです。すなわち、アメリカが先に戦略を策定して、それを受けて日本が対応するというのが、これまで多く見られた日本の基本姿勢でした。
ところが安倍政権を通じて、「自由で開かれたインド太平洋」構想のように、むしろ日本がビジョンを提示してそれにアメリカが対応するという新しいパターンが現れたことが重要な点です。日本政府の中で、その認識がどの程度浸透しているのか疑問に思います。外務省には、そのような日本外交の主体性の意義を適切に認識している方と、従来の思考にとどまっている方の両方がいるのだと思います。
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