日本の対米・対中戦略に一体何が求められるか どちらつかずの宙吊り状態は避けねばならない

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たしかにバイデン政権と菅政権はとても良好なスタートを切ったように見えますが、政策協調には大きな課題が横たわっています。台湾をめぐる中国に対する抑止と対話をめぐる日米両国の政策協調がいかに難しいか、それは今回の日米首脳会談でも感じたところです。アメリカ内では台湾をめぐっては中国に対する「戦略的曖昧性」では不十分だから「戦略的明瞭性」で臨むべきだ、との声が高まってきていますが、中国に対して声高に叫べばいいというものではありません。この点で日米は戦略対話を深めなければなりません。

それから当面、問われるのは神保さんご指摘のとおり、人権と貿易です。米中の人権問題をめぐる対立はますます地政学的葛藤の色彩を強めています。中国は、欧米が問題にする中国の人権問題は西側が中国の台頭を抑え込むための仕掛けであり、要するに覇権闘争の一環であるとみなしています。

その際、欧米の非白人への人種差別や文化的優越感、さらには貧富の格差を言い立て、彼らの“ダブル・スタンダード”を告発しています。また、アメリカのアジア系へのヘイトクライムをやり玉に挙げつつ、人権問題を日米欧の過去の植民地主義や帝国主義などの負の遺産、つまりは歴史問題の枠組みに組み込み、反攻に転じています。

中国へのドミノ

中国の政治影響力の浸透を含む勢力圏拡大は、自らのイデオロギーや教義を積極的に輸出しようというよりむしろヘンリー・キッシンジャーが言うところのカルチュラル・オズモーシス(「文化的浸透」)を特徴としていると思います。軍事やイデオロギーによって制圧するというより秩序観や社会通念や生活様式といった文化的要素も含めて、その価値観を外に滲み出させ、相手をそれに浸させる。

中国共産党は、どの国であろうが社会であろうが、そこに住む中国系住民は文化的に自分たちの“所有物(オーナーシップ)”であるとみなしています。中国系の外縁も使いながら、相手の民族のアイデンティティーをも上書きしてしまうような怖さを感じます。新疆ウイグル自治区に対する措置はまさにこうした攻撃的「文化的浸透」の表れと見ることもできます。

普遍的人権概念を掲げて、人権をがなり立てるだけのメガフォン人権外交では中国の人権問題やこうした他国への価値観浸透に効果的に対応できないのではないかと思います。何かあるとすぐに経済制裁に踏み切るといったやり方も逆効果になりかねない。

とくに、インド太平洋における中国との長期にわたる競争を覚悟するのであれば、とりわけ東南アジアでの人権問題の戦い方はもっときめ細かく行う必要があると思います。ミャンマー、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナム……どこも民主化に歩み出しても揺れ戻しが来る、そういう長い試行錯誤のプロセスにあります。型にはまった人権批判と経済制裁を振り回せば、これらの国々は中国に保護を求めることになるでしょう。ミャンマーに続くある種の“ドミノ現象”が起こりかねない。

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