「合法的無銭飲食」体験者だけが知る驚きの世界 求めよ、さすれば全て与えられる(byアフロ)

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ハッサクや柚子など柑橘の皮は細く切って天日でカラカラにして保存。番茶にブレンドするほか、レーズンやナッツと混ぜると案外気の利いた酒のアテになるのだよ!(写真:筆者提供)

こうなってくると、さらにチャレンジはエスカレート。

料理本では必ず「捨てる」と指示のある、トマトのへた、ピーマンの種も食べる。そのうちふと思いつきピーマンのヘタも食べたらどうってことなかったので、以来ヘタも食べる。

かぼちゃのわたも食べるし、今ではかぼちゃの種も食べる。どれもこれもとくに劇的にうまいというわけではないし、まあまあ硬いが、よくよくかんで食べる。かむ練習になると思って食べる。

冒頭写真の干したみかんの皮は頑張って擦るとサラサラに。いわゆる「陳皮」です。唐辛子粉と混ぜ「二味」にして薬味にすると、香り高く最高のスパイスに(写真:筆者提供)

そうそう種といえば梅干しの種。ペンチで割って中のナッツのようなものを食べる。これは「じん」と言いましてですね、実にうまい。そして、しつこいようだが非常に健康にいいそうである。

……と、こんなことしていると、気づけばわが家から出る野菜の生ごみはほぼゼロとなった。捨てるのは、エノキの下のおがくずがついた部分くらいである。

神様からの贈り物?

このような食生活を一言で言えば「食べ物を粗末にしない」ということであろう。私はある意味、期せずしてその究極の姿に近づいているのだと思う。好き嫌いもエリ好みもせず、食べられるものはすべてありがたく食べる。硬かろうがモサモサしようが歯の隙間に詰まろうが、よくよくかんでいればどれも味わい深いと信じて食べる。

絶対確実に神様に褒められそうな行為である。で、やってみれば実際味わい深い。少なくとも「未知の味」に出会える確率は飛躍的に上がる。ある意味現代のフロンティアである。

で、このようなことをしておりますと、不思議なことが起きる。

私、よく食べ物を「拾う」ようになったのだ。

例えば、こんなふうである。

ある日の夕方、仕事を終えて銭湯へ行く途中、あ、今日のかぼちゃのみそ汁の上にネギを散らしたらおいしそうだナ、でもネギは家になかったなー……と考えながら歩いていると、なんと目の前に1本のネギが!

あるいは、今日のヨモギ天丼には柑橘を絞って食べたらさぞおいしいだろうなーと思って歩いていると、なんと目の前にコロンとユズが!

いずれも実話である。ま、実際は誰かの買い物袋から飛び出していたネギがちぎれて落ちたんだろうし、ユズは敷地外に飛び出した枝から落ちてきただけなんだが。にしても。やはりこれは天からの贈り物と思うことにしている。鶴の恩返しならぬ、野菜の恩返し。世の中捨てたもんじゃない。

稲垣 えみ子 フリーランサー

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いながき えみこ / Emiko Inagaki

1965年生まれ。一橋大を卒業後、朝日新聞社に入社し、大阪社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめる。東日本大震災を機に始めた超節電生活などを綴ったアフロヘアーの写真入りコラムが注目を集め、「報道ステーション」「情熱大陸」などのテレビ番組に出演するが、2016年に50歳で退社。以後は築50年のワンルームマンションで、夫なし・冷蔵庫なし・定職なしの「楽しく閉じていく人生」を追求中。著書に『魂の退社』『人生はどこでもドア』(以上、東洋経済新報社)「もうレシピ本はいらない」(マガジンハウス)など。

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