漁民を「国益守る人間の盾」にする中国の危うさ

日本人が誤解している「海上民兵」の正体

中国では、その装備や能力の大小、優劣、強弱の差こそあれ、民兵部隊は、人民解放軍(PLA)や人民武装警察部隊(PAP)と等しく習近平・中国共産党総書記を主席とする中央軍事委員会(CMC)の統一した指揮を受ける中華人民共和国の3大軍事力の1つとされている。これは中国の国内法によって明確に定められており、国際法において武力紛争時に正規の戦闘員として必要とされる制服や徽章などもしっかり準備されている。

PLAやPAPと民兵との違いは、民兵部隊の構成員が、ふだんはさまざまな職業や学業に従事している一般市民および彼らが所属する企業や団体であり、CMCの動員命令によってその都度活動するという点にある。

戦時のみならず大規模災害など当局の必要に応じて平素から民兵としての動員は行われている。また、PLAやPAPとの大規模な共同訓練の様子は中国国内報道の日常風景でもある。

動員を義務付けられた対象は、PLAやPAPに属していない一定年齢のすべての成人男子であり、任務によっては女性も動員されるなど、民兵活動は、中国社会における市民生活の延長線上、身近に存在する制度である。

今回の連環の計に連なる漁船も、動員されない限りは単なる漁船と漁民であるが、CMCが動員を命じた時点で瞬時にその立場を変えて民兵として活動することになる。したがって中国政府が公式に否定する以上は、彼らは民兵ではないただの漁船として扱わざるをえない。

連環の計に興じている漁船群が民兵でないのであれば、それは彼らの私的で自由気ままな活動であり、中国当局のあずかり知らないものである、と考えるのは早合点に過ぎる。

信号を無視して横断歩道を渡る市民の詳細な個人情報が、瞬時に交差点の大型モニターに映し出される様子を伝えるニュース映像からも明らかなとおり、今日の中国では、ITやAIをフル活用した個々の市民を管理するシステムが構築され機能している。

海の上でも同様であり、中国独自の「北斗」衛星航法通信システムによって、すべての中国籍の船舶がその所在や活動を中国当局にリアルタイムに管理されている。そのため中国籍の船舶には、当局の意向に背くような活動は困難であり、積極的な指示であれ、消極的な黙認であれ、当局の意図が関与していることに疑う余地はないだろう。

とりわけ、他国との主張が異なる海域では、些細な摩擦が外交問題化することから、好漁期であっても出漁を制限される場合もあれば、2017年に朝日新聞が報じたように、嫌がる漁民に補助金まで出して尖閣諸島周辺に無理やり出漁させるなど、相手国や国際社会の反応を見ながら手綱を締めたり緩めたりしているようである。

それらを勘案すれば、スプラトリー周辺において、明らかに漁業活動とは異なる活動をしている中国の漁船群は、それらが民兵であるか否かにかかわらず、中国当局の意向に基づく活動であると国際社会が理解していることに誰も否定はできないのではないか。

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