スズキ、修会長退任後に直面する「2つの難題」

今後のカギを握る「電動化」と「インド市場」

スズキは緊急会見を開き、新中期経営計画の説明と同時に鈴木修会長(右)の退任も発表した。中計の内容など経営に関する質問には、鈴木俊宏社長(左)が答えた(写真:スズキ)

自動車業界の最長老が一線を退く――。

2月24日、スズキの鈴木修会長(91)が6月の株主総会後に退任し、相談役に就くことを発表した。今後は会長の長男でもある鈴木俊宏社長(62)が名実ともに同社トップとして経営を担う。

修会長は1978年に48歳で創業家4代目の社長に就任。その後、会長職や社長、会長兼社長など、役職を変えながらも43年にわたって実質トップを務め、強力なトップダウン経営でスズキを年商3兆円企業に育て上げた。

修氏の存在なしに国内の軽自動車の歴史は語れない。排ガス規制導入とオイルショックで急激に需要が冷え込んだ1970年代後半、スズキは徹底的にコストを削って、47万円の「アルト」を発売して世間を驚かした。その後も車高を高くして乗り込みやすくした「ワゴンR」など新たな車形を発案し、軽市場の発展に大きく貢献した。

インドに大きな地盤築く

さらに、スズキの大黒柱に育ったインド事業も修氏の先見の明によるものだ。1980年代前半、インド政府は自国での自動車産業育成のため、国営企業(マルチ・ウドヨグ)の合弁相手を探して日本の自動車メーカー各社と交渉。大手がまだインドに関心を示さない中で、スズキは当時社長だった修氏自身が熱意を持って対応し、合弁先に選ばれた。

インドの経済成長とともに、現地合弁での小型車の生産台数は右肩上がりで拡大。2002年にスズキが株式の過半を引き取って子会社化し、2006年には完全民営化された。その後、インドにおける新車販売の市場規模は1国としては世界5番目にまで大きくなり、スズキの世界販売台数の約半分を占める太い柱となった。

これまで、修会長は幾度となく経営トップの引き継ぎを試みたが、後継者に考えていた人物の急逝や病気に見舞われ、世代交代はなかなか実現しなかった。2015年に長男の俊宏氏に社長職を譲った後も会長にとどまり、実質的なトップであり続けた。その修氏が6月をもって退き、俊宏氏に経営のバトンを完全に引き継ぐ。

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