FRBパウエル議長「昔の知識は忘れろ」の真意 「貨幣数量説」は不発、現実は単純じゃない

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先に紹介した議会公聴会におけるパウエル発言が流通速度(V)の低下を意識したものだったのかはわからない。だが、パウエル議長は責務である「雇用の最大化」を検討するにあたっては失業率だけでなく「高水準の労働参加率」を目指しているとも語っていた。金融政策を運営するうえで、長期失業者割合の上昇やそれに起因する労働参加率の低下を重要な論点として考慮しているという胸中がうかがえる。

アメリカの長期失業者割合はすでに40%に達している。失業期間の長期化は就労意欲の喪失につながり、そうした者はいずれ労働市場から退出することが予想される。統計上は失業者が減少し、失業率も下がるだろうが、労働参加率も下がってしまうことになる。一国経済における労働投入量の低下は、潜在成長率の低下を招きうる話だ。それゆえにパウエル議長は失業率だけではなく、労働参加率もウォッチすると述べたのだろう。

FRBのタカ派修正はアップサイドリスク

今回は長くなるので、アメリカの雇用市場の現状については詳述を避けるが、歴史的にも類例を見ないほど雇用・賃金情勢は深手を負っている。だからこそ、予備的動機に伴う貨幣需要の増大(とVの低下)は当然発生するものであり、かかる状況を踏まえると「M2に重要な意味合いはない。この知識は忘れる必要がある」という発言が出てくるのも自然だと思われる。

今後も、ワクチン接種状況の進展と共に実体経済が改善してくることは既定路線だろう。とすれば、現行のマクロ経済政策がインフレを引き起こすのではないかとの懸念も日に日に強まる可能性がある。

しかし、一連のパウエル発言をうかがう限り、それに呼応してFRBがタカ派色を強める可能性はそうとう低い。アメリカは家計部門の株保有比率が高く、株高による資産効果が大きい経済であることを踏まえれば、今、FRBが恐れるのはインフレよりも「意図せざる引き締め懸念」の浮上から株価が大崩れするという展開ではないかと思われる。

FRBが引き締め方向の調整に踏み出すとすれば、それは国債入札のあからさまな不調などを受けて長期金利が跳ね、これに伴ってインフレ期待も上放れしてしまうような地合いだろうか。その際はドル相場も急伸している可能性がある。

唐鎌 大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト

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からかま・だいすけ / Daisuke Karakama

2004年慶応義塾大学経済学部卒。JETRO、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局(ベルギー)を経て2008年よりみずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。著書に『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(日経BP社、2024年7月)、『「強い円」はどこへ行ったのか』(日経BP社、2022年9月)、『アフター・メルケル 「最強」の次にあるもの』(日経BP社、2021年12月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)、『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、など。TV出演:テレビ東京『モーニングサテライト』など。note「唐鎌Labo」にて今、最も重要と考えるテーマを情報発信中。

※東洋経済オンラインのコラムはあくまでも筆者の見解であり、所属組織とは無関係です。

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