この1文字で「論語と算盤」の精神がわかる! 3分で解説!なぜ、いま「渋沢栄一」なのか?

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よく1代で財を成した人に対して、「あいつは成金だからな~」などとさげすみの視線を浴びせるケースがあります。これはたぶんに品位の問題があると思います。1発当ててにわかに大金持ちになったものだから、銀座のクラブで豪遊したり、高級スポーツカーやクルーザーを乗り回したりするなどというのは、まさに品位に欠けた行為と言わざるをえません。

渋沢栄一の場合、もともとお酒が飲めない体質でしたし、時代が時代なので、クルーザーで遊ぶようなこともありませんでした。唯一の道楽は、きっと事業だったのだと思います。

それに、渋沢栄一はいまでいうシリアル・アントレプレナーのようなもので、事業で得た利益はほぼ全額、次の新しい事業に投資することを繰り返していました。なので、結局のところ手持ちのお金は、かなり限られていたと思います。500社近い会社や団体を設立した割には、派手なことは一切しませんでした。自分一人が利益を得て、自分だけがいい思いをすることを、潔しとしなかったのです。

【ポイント②】
利益はすべて自分のものだとひとり占めすることなく、利益を社会に還元しなければ、経済活動は持続しない。

『論語と算盤』の「処世と信条」は、「論語と算盤は甚だ遠くして甚だ近いもの」という項目から始まります。言わんとすることを意訳すると、次のようになります。

「算盤は論語によってできている。論語は算盤の働きによって、本当の経済活動と結びついている。したがって論語と算盤は、懸け離れているように見えるが、実はとても近いものなのだ。
私は常々、モノの豊かさとは、大きな欲望を抱いて経済活動を行ってやろうという気概がなければ進展しないものだと考えている。空虚な理論に走ったり、中身のない繁栄をよしとしたりするような国民では、本当の成長とは無関係に終わってしまう。
だからこそ、政界や軍部が大きな顔をせず、実業界ができるだけ力を持つようにしたいと希望している。実業とは多くの人にモノが行き渡るようにする仕事である。
これが完全でないと国の富は形にならない。国の富を為す根源は何かというと、社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富なのだ。そうでなければ、その富は完全に永続することができない。
ここにおいて論語と算盤という懸け離れたものを一致させることが、今日の急務だと私は考えている」
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