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白血病のJリーガー「病名公表」するまでの苦悩 酒井高徳選手が見舞い、南野選手も心配のメール

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片渕さんがそう言うと、

「史哉、久しぶりだな!」

と言って突然、酒井高徳くんが入ってきた。

「え、ご、高徳くん!?」

僕は固まった。高徳くんはドイツのブンデスリーガのハンブルガーSVに所属し、2014年のブラジルワールドカップのメンバーに入るなど、バリバリの現役日本代表選手で、僕と同じアルビレックス新潟ユース出身の偉大な先輩だ。

3歳差のため、ユース時代は入れ替わりだが、高校2年生でトップチームの練習に参加したときにいちばん僕を気にかけて、かわいがってくれた尊敬する人物でもある。

そんな高徳くんが自分の病室にいる。それが信じられなかった。

「これからがつらいときかもしれないけど、史哉は1人じゃないぞ。つらいときこそ、本当に自分が試されるし、そのときに史哉は必ず気づく。今まで出会ってきた人たちが本当に素晴らしい仲間であることを。つらいとき、いつでも俺に連絡してこいよ」

この高徳くんの言葉は、僕の心の奥に届いた。そして、すでに僕は素晴らしい仲間に囲まれていることを再認識できた瞬間だった。

「俺は1人じゃない」

そう思い、僕は治療に臨んでいった。

抗がん剤治療がスタート

2016年5月30日。ついに抗がん剤治療がスタートした。

僕は覚悟を決めていた。長い闘いがいよいよスタートする。今、弱音を吐いてしまっていたら、この先の長い闘いを生き抜くことができない。

込み上げてくる不安を強制的に押し戻すように、僕は毅然と向き合うことを決めた。

最初の投与は、抗がん剤を脊髄腔(せきずいくう)に注入する治療。脳骨髄液を採取したあと、針を抜かないでそこから直接抗がん剤を注入する髄注だったが、これが本当に恐怖だった。

正直、僕は注射針が嫌いで、普通の注射でさえ昔からあまり好きではなかった。それなのにベッドに横向きに寝て背中を丸めながら、腰のあたりに麻酔の針を刺す。これだけで冷や汗が出た。骨髄穿刺と同じような苦痛。抗がん剤が入っていくのがわかった。どんどん下半身のあたりがズンズンと重くなる。

骨髄穿刺と髄注。これから先、この2つがものすごいストレスになった。

点滴での抗がん剤投与も始まった。

投入後は白血球、赤血球、血小板などすべての数値が一度落ちるのだが、その時期は身体的にかなりしんどい状態になる。

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