心を病む人を「薬漬け」にする精神医療への懐疑 患者や家族への副作用やリスクの説明は消極的

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父親の代理人である大前治弁護士はこう話す。「精神科の治療は薬物療法だけではなく、カウンセリングや生活技能訓練、さらには家族および地域社会を含めた支援体制の構築などの心理社会的療法も重要となってくる。生活上の悩みを聞くことも治療の本体部分だ。精神科治療の現場で薬剤処方ばかりが偏重されていないか、点検が必要だ」

病院側は裁判の中で、薬の副作用(アカシジア)に対しては、「アキネトン(錐体外路症状止め)の薬を追加投与するなど、対処していた」としている。

処方した薬を飲むしかない

抗精神病薬や睡眠薬など、向精神薬の副作用に苦しむ患者は多い。通隆さんのように、抗精神病薬だけでも2種類以上を併用されるケースはざらにある。日本は、単剤ではなく複数の薬を併用する傾向が国際的にみて高いことはかねて指摘されてきた。多剤併用は大量処方にもつながりやすく、治療効果よりも副作用が強まる可能性も高い。しかし、こうした薬の副作用やリスクについて、患者や家族への情報提供は積極的に進められてはいない。

精神障害の当事者と支援者で作る「YPS横浜ピアスタッフ協会」に所属する当事者の堀合研二郎さんは、「医療者側が薬物療法以外の選択肢を持っていないため、それに頼りがちになっている」と訴える。堀合さんは、20代のとき統合失調症と診断され、向精神薬の副作用に苦しんだ経験がある。

「患者は、何かしらの心理的な要因や環境的な問題があって心を病んでいる。しかし、医師はそちらへの働きかけをしないまま、薬によって解決しようとする。副作用が出るとそれを止める薬は出してくれるが、その薬にも副作用がある。医師は病気の再発を防ぐことを優先して減薬しようとしない。飲まなくなったら、同じ状態になると脅される。もっと個々人の副作用や当事者の生活に目を向けてほしい」

堀合さんは、症状が安定していた時期にもかかわらず、医師に薬を飲んでいないという疑いをかけられ、再び入院をさせられた経験がある。「処方された薬を飲むしかないため、患者側には自由はない」(堀合さん)。

病院への収容か、大量処方された薬を飲むか――。どちらも患者の意思は置き去りにされたままだ。

(第8回に続く)

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井艸 恵美 東洋経済 記者

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いぐさ えみ / Emi Igusa

群馬県生まれ。上智大学大学院文学研究科修了。実用ムック編集などを経て、2018年に東洋経済新報社入社。『週刊東洋経済』編集部を経て2020年から調査報道部記者。

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