父親は言う。
「統合失調症の主症状は妄想や幻聴だという知識はありましたが、息子にはそんな症状は一切ありませんでした。症状について尋ねようとすると、『統合失調症はなんでもありだから、個々の症状はあまり意味がない』と質問を遮られました。患者の具体的な症状を軽視するような態度に違和感を持ちましたが、専門家の判断に任せるしかないと思いました」
病院のカルテによると、入院中、通隆さんの薬の量は徐々に増加していた。ロナセンが増加される一方、同じ系統の抗精神病薬であるリスパダールも状態が悪化したときに使われていた。入院5日目からはベンゾジアゼピン系睡眠薬のレンドルミンも常用していた。
そして退院前日、薬の投与量は急激に増加した。身体拘束を受けた通隆さんは、普段飲んでいた抗精神病薬や睡眠薬に加え、入院時に打たれた抗精神病薬のセレネースの筋肉注射を再度受けた。さらに、抗不安薬のワイパックスと抗パーキンソン病薬のアキネトンが投与された。ただ、翌日の退院当日は、ロナセンとレンドルミンのみの服用に戻っていた。
薬剤師「一気に薬が抜けると離脱症状が起こる」
埼玉県の精神科病院に勤務する薬剤師は、「退院前日に薬の量が急激に増えている。体が薬に適応した状態から、一気に薬が抜けると離脱症状(薬が急に減ることによる症状)が起こる。薬を減らすならば経過を慎重に見る必要があった」と指摘する。
通隆さんは退院後、再び抗精神病薬の量が増加されていった。退院から5日後の3月1日、「死にたい」と言うなどの通隆さんの興奮状態を心配した父親が電話で主治医に相談すると、抗精神病薬のロナセンを増量するように指示された。3月3日に通院した際には、診察中に退院前日と同じセレネースを注射された。さらに、服用として同系統の抗精神病薬のリスパダールも追加された。
抗精神病薬の多剤併用処方が問題になっている日本では、抗精神病薬の量が適正かどうかの目安を知るために「クロルプロマジン換算」という方法がある。クロルプロマジンという最も古い抗精神病薬に、さまざまな抗精神病薬を換算することで、その人が内服しているおおよその抗精神病薬の量を把握する方法だ。
この換算によると、通隆さんが3月3日の通院時に投与された1日の抗精神病薬の量は900mgになる。クロルプロマジン換算では300~600mgが適正な量とされるため、通隆さんの投与量は適正量を超えていた可能性がある。
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