大幅に後退する、追加緩和への期待感 黒田日銀総裁の「自信」が起点に
[東京 3日 ロイター] - 市場で広がっていた日銀の追加緩和に対する期待感が、足元で急速に後退している。黒田東彦総裁や岩田規久男副総裁ら首脳が、相次いで2%の物価目標の達成に強い自信を示す発言を繰り返しているためだ。
海外要因を起点に突発的な円高・株安が進めば、追加緩和にカジを切るとの見方は維持されているものの、「平時」が続けば6─7月の追加緩和はないとの意見が急速に広がっている。
JPモルガン証券は2日、日銀の追加緩和は当面ないとの見解を公表した。同社シニアエコノミストの足立正道氏は「黒田総裁が供給サイドの問題を強調し始めたことが理由」と説明する。
日銀は4月末に公表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、2013年度と14年度の成長率見通しを下方修正した一方、物価見通しを据え置いた。
日本経済の潜在的な供給力と実際の需要の差を示す需給ギャップの縮小が「思いのほか速いペースで縮小」(何人かの審議委員、議事要旨)したためで、人手不足や企業の設備の老朽化・更新遅れが供給力のネックとなっているとの認識だ。供給力が想定よりも小さいことで、物価は上昇するが成長率が上がりにくいとの構造問題が露呈したとの見立てだ。
足立氏は「供給サイドに問題があるとの指摘は、すなわち(需給ギャップ解消で)物価はどんどん上がりますという意味。ドル円が95円を割るなど急激な円高などがなければ追加緩和はない」と言い切る。
SMBCフレンド証券・シニアマーケットエコノミストの岩下真理氏は、早くから黒田総裁が安易に追加緩和には踏み切らないとみていた。「3月短観で日銀は、企業1万社の物価見通しを初めて公表した。4月8日の会見で黒田総裁は、その全規模全産業の物価見通しが平均1.5%の上昇である点に言及し、 着目していたことがわかった。この時点で追加緩和はないとみた」という。
4月8日から日銀が総裁会見の生中継を解禁したことも、微妙に市場のセンチメントに影響を与えた。総裁が満面の笑みで2%の物価目標達成への自信を示す姿が広く知れわたるようになり「こんなに自信満々とは知らなかった。追加緩和はなさそうだ」(市場関係者)との声が聞かれるようになった。
もっとも、市場の追加緩和期待も、もとをただせば黒田総裁自身の発言に行き着く。消費増税の是非を議論した昨年8月の有識者懇談会で、黒田総裁は増税延期で長期金利が急上昇すれば対応が難しい一方、増税実施の結果としての景気下振れは財政・金融政策で対応が可能と述べた。この発言をきっかけに与党・官邸・市場関係者の間で、追加緩和の可能性が取りざたされるようになった。
今年に入っても黒田総裁は2月18日の定例会見で、2013年度の成長率が見通しを下振れた場合でも「ちゅうちょなく政策を調整する」と発言。市場の緩和観測が結果的に高まった局面があった。現在でも「円高・株安局面になれば、政治的に追加緩和に追い込まれる」(外為市場関係者)との見方は多い。
ただ、総裁の発言を時系列で追っていくと、3月会合以降、物価見通し達成への自信が日増しに高まっていくようにみられる。
市場関係者の間では、今夏には前年比での為替円安が物価を押し上げる効果がはく落するため、物価の上昇ペースが鈍化するとの見通しが多い。
一方、日銀は、人手不足などの需給要因で、年末にかけ物価の上昇が再拡大するとの見通しに自信を深めている。
岩田副総裁は5月26日に「物価が2%を恒常的に上回り続ければ、政策を調整する」と述べ、直近の日銀首脳発言としては、初めて出口戦略に言及した。岩田副総裁の本音は発言からだけでは断定できないが、市場関係者の一部からは、長期金利の低位観測の背景にある物価の長期低迷観測に対して一石を投じ、長期金利が急上昇するリスクにも目を向ける必要性を暗に指摘したとの観測も出ている。
3日の衆院財務金融委に出席した黒田総裁は、「2%目標に必要ならちゅうちょなく政策調整する」「物価2%の達成は道半ば」と述べ、下振れリスクの顕現化ケースには断固とした緩和政策を取るスタンスを強調しつつ、足元の物価動向ではかなり強めのメッセージを発信した。
「4月の消費者物価指数は増税の影響除くとプラス1.5%、プラス幅拡大している」「円安だけでなく内需増加も寄与して物価は徐々に上昇している」「物価上昇は、労働需給ひっ迫、中長期的物価予想の高まりによる影響大きい」と述べ、円安効果が一巡しても、物価上昇圧力は弱くならないだろうとの認識を示した。
こうした日銀の情報発信を背景に、市場からは「少なくとも7月に追加緩和はないというのがコンセンサス」(JPモルガン足立氏)との声が出ている。
◎最近の黒田総裁・日銀幹部の発言一覧
「(13年度成長率下振れの可能性について)指摘のようなリスクが顕在化することがあればちゅうちょなく現在の量的・質的金融緩和の調整を行う」(黒田総裁、2月18日・決定会合後会見)
「(追加緩和)現時点では必要ない」「何度も申し上げるが、必要あればちゅうちょなく調整する」(黒田総裁、3月11日・決定会合後会見)
「(追加緩和)現時点で考えていない」「(2年で2%の物価目標達成に)確信を持っている」「(企業が)中長期的に物価上昇率が高まっていくとみている」(黒田総裁、4月8日・決定会合後会見)
「(労働需給のタイト化で)雇用・所得は上振れの可能性もある」(宮尾龍蔵審議委員、4月10日・岡山市での会見)
「(消費増税後も)個人消費の基調的な底堅さは維持されている」「実質成長率がもっと高い方が望ましいのはその通り。現に政府も中長期的な実質成長率を現在潜在成長率として見込まれる1%以下から2%程度に引き上げていくのが成長戦略の大きな柱」「金融政策は物価安定が最大の使命」(黒田総裁、4月30日・決定会合後会見)
「日本経済が中長期的に成長するためには供給力の拡大が重要」「この1年ほどの間に、大規模な金融緩和、財政支出、民間活動の活性化によって需要が高まると、水面下に隠れていた供給力の問題が姿を現した」(黒田総裁、5月15日・都内での米コロンビア大学主催イベントで講演)
「(量的・質的緩和政策が)所期の効果を発揮している」「(雇用や賃金の増加を伴いながら物価目標を達成するのが)一番望ましい」「(持続的な成長に向けて)中央銀行の枠を超えて、政府や民間企業の努力も必要」「金融政策は株価や為替にリンクして考えられるものではない」(黒田総裁、5月21日・決定会合後会見)
「物価が2%を恒常的に上回り続ければ政策を調整する」(岩田副総裁、5月26日共同通信社での講演)
「 (2%目標実現し安定的に持続できる段階では)出口について具体的な議論が必要」「消費者物価指数の前年比はプラス幅を拡大しており、4月は消費税引き上げの影響を除くと1.5%」「(物価上昇に)円安による輸入物価上昇の影響はあるが、基調的には労働需給ひっ迫や中長期的な物価予想の高まりが実際の賃金・物価形成に影響」(黒田総裁、6月3日衆院財務金融委員会)
(竹本能文 編集:田巻一彦)
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