高齢者は経済の宝、社会保障で地方創生は可能

「潅漑施設としての社会保障」という考え方

普通に考えれば、高齢者がひとり地方にいるということは、高所得地域の所得がその地方に移転しているという話になる。ならば、積極的に、高齢者を地元に誘致する政策を考えることが、勝算の見込みの高い立派な経済政策となる。

地方創生――この言葉はこれまで成果を上げられなかったイメージが強いためにあまり使いたくないが、未来への期待を込めて用いるとすれば――これまでの「地方創生」というのは、得てして、若者をいかに呼び込むかということに着目されがちである。

県や市町村の財政担当者から見れば、自分の地域での高齢者の増加は、医療介護の地方負担分が増えるだけではないかと愚痴の一つも言いたくなるだろうことはわかる。しかしながら、高齢者たちは、社会保障という所得再分配機構を通じて、日本の高所得地域から所得を持ってきてくれる、いわば、経済の宝なのである。

知り合いの地方の県医師会会長は、「今ではもう高齢者のなり手さえいなくなっている」と話していたが、これはその地方経済にとってかなり痛い。

高齢者に魅力ある町づくり

とはいえ、図6の左側に位置する高所得地域に住む現在の高齢者、もしくは将来の高齢者に、喜んで地方に移ってきてもらうためには、どうすればいいのか?

考えられうる一つの策は、高齢者が住みよい町をしっかりと準備するというものである。そのためには、安心して高齢期を過ごすことができる条件として長年考えられてきた医療介護の一体的なあり方、すなわち地域包括ケアの充実が重要となる――『日本の医療は高齢社会向きでないという事実――「医療提供体制の改革」を知っていますか?』(2018年4月21日)などを参照してもらいたい。

高齢者が多くなると、医療介護のニーズは増える。とはいえ、医療介護というエッセンシャルワーカーばかりが多くなる町づくりというのも考えにくい。ところがいま、日本中でリモートワークの可能性も広がってきており、国民経済の中で重要性が増すばかりの「アイデアの生産」には、人口が一極集中している東京圏との距離というものがあまり関係なくなりつつある。

さらにはいま、航空業界をはじめとして、産業構造の転換の中で労働力が不足している領域への移動が準備されつつある。

こう考えていくと、先の『社会保障制度改革国民会議報告書』の文章から、「住み慣れた地域」という言葉を外してもよさそうな気がするのである。すなわち、

医療はかつての「病院完結型」から、患者の住む地域や自宅での生活のための医療、地域全体で治し、支える「地域完結型」の医療、実のところ医療と介護、さらには住まいや自立した生活の支援までもが切れ目なくつながる医療に変わらざるを得ない。
急性期治療を経過した患者を受け入れる入院機能や自宅で生活し続けたいというニーズに応える在宅医療や在宅介護は十分には提供されていない。

社会保障というのが、私には昔から、灌漑施設に見えて仕方がない。そして積極的に社会保障を展開していく積極的社会保障政策が、今の時代、かなり有効な成長戦略だと論じ続けてきた(2004年に出した『年金改革と積極的社会保障政策』参照)。そうした観点から、「灌漑施設としての社会保障」という文章を書いているので紹介しておこうと思う。

要するに、現代の資本主義は、基礎的消費の社会化を図る社会保障という水路を全国に張り巡らし、その地域地域の田畑に必要な水を流して、土地を青々と茂らせる「灌漑施設」としての再分配政策に頼らなければ成長も難しいのである。
2011年2月15日に、自由民主党の国家戦略本部第1分科会「成長戦略」で話をしたときの演題は、「潅漑政策としての社会保障――呼び水政策と潅漑政策との相違」であった。呼び水政策はひろく知られた言葉であり、1回限りの財政支出追加によって総需要が拡大し、それに民間経済活動が刺激され、消費や投資が誘発される可能性にかけた政策である。
しかし、灌漑政策とは、上述のように、基礎的消費部分を社会化することにより、広く全国に有効需要を分配するための経済政策のことである。それはちょうど、2019年末、中村哲さんをおそった突然の出来事の後に、繰り返しテレビで放映されていた、彼がアフガニスタンに作った灌漑施設にも似て、絶え間ない水の流れが砂漠を青々とした緑の大地としたように、今の国民経済に作用するのである。
日本医師会・平成30年・令和元年度医療政策会議報告書『人口減少社会での社会保障のあるべき姿』3ページ、43ページ
中村哲医師がアフガニスタンの砂漠に建設した潅漑施設

「日本版CCRC」という、東京圏から地方に高齢者の移住を勧める話も言われているが、その議論には、健康寿命とか、高齢者をサービスの受け手から支え手としての役割などの言葉が散見し、どうも、社会保障政策の再分配機能を正確に把握したうえでの話に聞こえてこない。

やがて、絶え間ない水の流れが緑の大地を作った

社会保障が、灌漑施設として国民経済の中で機能することを理解すれば、老人は宝に見えてくるようになり、未来に対して結構おもしろい絵を描くことができる。

医療・介護を中心とした本格的な町づくりを、医療・介護界と自治体が一緒に同じ方向を向いて積極的にやってみる――進みが遅い医療介護の一体改革にも加速度がつき、そこには愉快で明るい世界が広がることは確実である。

画像右下の人物は中村哲医師。「良心の実弾――医師・中村哲が遺したもの」(九州朝日放送制作、2020年5月29日放送)を筆者が撮影。ペシャワール会、九州朝日放送の許可の下、掲載。
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