北朝鮮、「拉致被害者再調査」の”茶番” 日本のメディアの報道から抜け落ちていること

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「誰が考えても茶番で、直ちに取り下げるべきだ。拉致をしたのは彼らで、行方を知っている。知らないふりをして一緒に調査するというのは、時間延ばし以外の何物でもない。拉致問題は金総書記がすべてを話せば一秒で解決する話だ」(2004年5月22日付の日本経済新聞記事)

「包括的かつ全面的な調査」で新たに拉致被害者の生存を見つけたことにしなければ、これまで北朝鮮が「解決済み」としてきた嘘がバレてしまうことになる。北のメンツが立たなくなる。このため、「再調査」とはあくまで拉致問題解決のために日朝が編み出した政治手法、あるいは北への政治的な配慮であって、本来は茶番劇だ。

いずれにせよ、今後、「特別の権限(全ての機関を対象とした調査を行うことのできる権限)が付与された特別調査委員会」が数カ月以内に拉致被害の生存者を「発見」するだろう。そして、日朝の合意文書にあるように、そうした生存者は安全に帰国させるとみられる。

問題は北朝鮮がいったい何人の生存者を見つけたと言ってくるかだ。数人と数十人とでは、日本国内の世論の受け止め方に大変な差が出てくることが明らかだ。その世論の状況次第で、日本政府の次の一手となる政策も違ってくるだろう。2002年10月に拉致被害者5人が帰国した際、日朝の両国を待ち受けていたのは、予想に反し、拉致問題の全面解決を求める被害者家族と世論の強い反発だった。少ない人数では同じことが起こりかねない。

次なる生存者も北朝鮮の工作活動と無関係か

もともと日本人拉致は、故金正日総書記が1970年後半と1980年代前半、対南工作向けに日本人に化けたスパイを養成するため、工作機関に指示したものだ。金正日はその頃、まだ30代で父親・金日成に次の指導者として認めてもらうため、対南工作を通じて自らの実績作りに励んでいた。

拉致被害者の一人、田口八重子さんは、ソウルオリンピックが翌年に迫った87年の大韓航空機爆破事件の犯人で北朝鮮の元工作員、金賢姫の日本人化教育係。横田めぐみさんもその金賢姫の同僚の女性工作員の金淑姫の教育係だったとされる。北朝鮮はビルマ(当時)の首都ラングーンでの韓国大統領暗殺未遂(1983年)や大韓航空機爆破を「でっち上げ」などと言い続け、犯行を認めていない。このため、過去の嘘や矛盾がばれることから、今回も対南工作活動とは無縁の日本人生存者を意図的に差し出すとみられる。北朝鮮がどのように動くか、注視していく必要がある。

高橋 浩祐 米外交・安全保障専門オンライン誌「ディプロマット」東京特派員

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たかはし こうすけ / Kosuke Takahashi

米外交・安全保障専門オンライン誌『ディプロマット』東京特派員。英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』前特派員。1993年3月慶応義塾大学経済学部卒、2003年12月米国コロンビア大学大学院でジャーナリズム、国際関係公共政策の修士号取得。ハフィントンポスト日本版編集長や日経CNBCコメンテーターなどを歴任。朝日新聞社、ブルームバーグ・ニューズ、 ウォール・ストリート・ジャーナル日本版、ロイター通信で記者や編集者を務めた経験を持つ。

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