東京駅「小売り激戦区」、JR東海勝ち残りの秘密 新幹線の真下という細長い用地で独自の存在感

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東海道新幹線の線路の真下という狭いエリアを活用して、どのように商業展開をしているのか。東京ステーション開発の谷津剛也社長に話を聞いた。

――東京駅八重洲口の開発はどのように始まったのですか。

谷津剛也(たにつ・たけや)1967年生まれ、1990年名古屋大学経済学部卒業後、JR東海入社。東海鉄道事業本部管理部人事課長、ジェイアール東海高島屋取締役などを経て2018年から現職(撮影:梅谷秀司)

1987年のJR東海の発足後、「3大プロジェクト」と呼ばれていたのが、新幹線品川駅、リニア、そして名古屋駅のツインタワー計画だった。1999年の暮れに名古屋駅のセントラルタワーズが開業して、関連事業の売り上げがぐっと増えた。

その後、東京駅でも鉄道との相乗効果を図ろうということになり、2005年に当社が設立された。東京駅のこの一帯は鉄道会館さんが「東京駅名店街」を運営していたが、当社のエリアについては当社が商業展開を図ろうということになり、同年に東京駅一番街が誕生した。

――それまでは、JR東海のエリアも鉄道会館が商業展開をしていた?

そうです。分割民営化によるJR東海の発足から十数年間はJR東海のエリアを鉄道会館さんに貸し付けていたが、分割民営化の趣旨から言えば、自社のエリアは自社で開発したい。そこで2005年以降は当社が開発するようになった。何もしないでいると、八重洲口の地下改札口から出てきた人が八重洲地下街に行ってしまう。細長いスペースをどのように活用するか、当時のメンバーたちが1年ぐらい議論した。

特徴あるゾーン形成で勝負

――周りには鉄道会館のほかにも八重洲地下街や大丸があります。競争は激しいのでは?

当社が埋没せずどうやって存在感を出していくかは重要な課題。東京駅一番街の開業当初はアパレル店が多かったが、アパレルは大丸さんが強いので、われわれが正面から戦っても勝てない。そのためアパレルはビジネスに特化した東京シャツとユニクロだけにして、当社が強みを発揮できる分野で勝負をかけることにした。そこで、北と南に特徴のあるゾーンを作ることにした。

――東京駅名店街の頃から、ラーメン店やキャラクターショップが集積しているエリアがありましたが、東京駅一番街ではその方向性を明確に打ち出しましたね。

2005年当時、北側のこのエリアにはNHK、TBS、フジテレビ、どんぐり共和国などのキャラクターショップがあったが、ファッションなどの店もたくさんあって、パッチワークのようになっていた。そこで、北側を東京キャラクターストリートとしてコンセプトを明確にして2008年にオープンした。キャラクターショップはどんどん増えて現在は32店ある。在京キー局はすべてあるし、今年7月には仮面ライダーのショップもオープンした。最近は「鬼滅の刃」のグッズが人気だ。

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