超名門サッカー元主将が教える「天才の育て方」 アジアでも優れた才能の持ち主が育っている

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サルガド:スペインの場合は、サッカーの決まり事や本質を小さいころに年数をかけて学んだ結果、歴史として今があるんだ。子どもは吸収の速度が早く柔軟性もある。年齢を重ねて習慣が体に染み込んでしまった後だと矯正が大変だ。判断力を伸ばすことは指導で改善できる。

まさに久保のケース(10歳でバルセロナユースに在籍)がそれを証明している。技術があり、運動量もある日本人が欧州でなかなか結果を残せず苦しんでいる原因は、こういった競技のルールや本質を理解していないことにある。要は日本人のストロングポイントである技術の出しどころが間違っているともいえるね。

稲若:いわゆる「天才」と呼ばれる選手を育てるためのノウハウは、存在するのでしょうか。

サルガド:天才はレベルの高い周囲の環境により育っていくものだと思うが、才能がある選手と接する時に個人的に気をつけていることはある。それは「教えすぎない」ということだ。

詰め込み教育や指導者のエゴを出した指導は、繊細な子どもほど将来の可能性を潰してしまうリスクが伴う。少なくともサッカーではそう断言できる。余白を持ち、選手が自分で考える要素を残す。すべてを教えないことを大切にしている。

一つ選手にアドバイスがあるなら、「誰かから言われて当たり前にやってきたことに疑問を持ちなさい」ということ。頭がよい選手というのは、そういった環境を与え、考え方を導いてあげるくらいでちょうどいいんだ。

「メッシは試合中歩いている」はナンセンス

稲若:サッカー界でいう天才といえば、リオネル・メッシの名前が思い浮かびます。ただ、近年のメッシは運動量が落ち、「試合中歩いている」と批判を浴びることもあります。

サルガド:そんな批判はナンセンスだといえるね。メッシにはゴールへの地図を自分の頭の中に描く能力が備わっており、その地図が完成した瞬間にスイッチが入る。一見するとただ歩いているだけのように見えるが、彼はピッチ上を俯瞰して見ることができるんだ。ピッチ上の敵味方すべて、誰がどこにいるかを把握して、自分のパフォーマンスを最大限に引き出すための準備時間として使っている。

一度彼がボールを受ける前の動きを注目してみたらいいと思うが、普通の選手が二、三度周囲を見るところをメッシの場合9回は見ている。1つの才能を伸ばし続けた結果、誰もが認める天才となった。そういった的外れな批判は、選手の可能性を狭めるだけだ。

稲若:現在はあなたも関わるUAEやドバイ、中国などが国家プロジェクトとしてアカデミーに注力しており、近い将来アジアの勢力図が激変する可能性もあると思う。

サルガド:サッカーというスポーツはお金と比例して強化が進むし、その金額次第で一定までは強くなれる。

UAEやドバイはアカデミーでは、年間で100億円近い予算を確保し、ヨーロッパから一流の指導者たちを招聘している。その指導者たちのノウハウを間近で見て、自国の指導者のレベルも上がる。正直、強くならない理由を探すほうが難しい。近い将来、アジアのトップに中東の国が独占しても何ら不思議はないね。身体能力があり、向上心もある才能ある選手達を指導して、私自身も非常に可能性を感じている。

だが、本当の意味での天才がそこで作れるかというと断言はできない。環境で才能は大きく左右されるが、メッシやマラドーナといった誰もが魅了される特別な選手というのは、そこに運や人との巡り合わせといった要素が交わり、突発的に出てくるという考え方もできるから。

栗田 シメイ ノンフィクションライター

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くりた しめい / Shimei Kurita

1987年生まれ。広告代理店勤務などを経てフリーランスに。スポーツや経済、事件、海外情勢などを幅広く取材する。『Number』『Sportiva』といった総合スポーツ誌、野球、サッカーなど専門誌のほか、各週刊誌、ビジネス誌を中心に寄稿。著書に『コロナ禍の生き抜く タクシー業界サバイバル』。『甲子園を目指せ! 進学校野球部の飽くなき挑戦』など、構成本も多数。南米・欧州・アジア・中東など世界30カ国以上で取材を重ねている。連絡はkurioka0829@gmail.comまで。

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