約束した取材場所に現れた吉田さん(仮名・60代)は、この日早朝から馴染みの顧客を鎌倉で乗せ、都内での買い物に付き合ったあと、再び鎌倉へと戻るルートを走り終えてきたという。時計の針は15時を回った程度の早い時間だが、すでに本日は店じまいの予定だ。
吉田さんは「このご時世で無理しても仕方ない」という理由で3~6月は全休したという。それでも復帰後は、コンスタントに1日6、7万円を売り上げている。
コロナ前の東京都の繁忙期の上がりを1日5万円ベースと想定すると、大半のドライバーが3~5割減といった数字に急落しているのが現状だ。そういった背景を考えると、この数字がいかに特異か理解できる。
吉田さんの売上台帳を見ると、わずか1人の乗車で6万円近い金額が記されていた。
「コロナ前の去年の段階で月の売り上げは130万~160万円前後。そこから諸経費などを引いた月の収入にすると、だいたい90万円前後くらいに落ち着くかな。今は感覚的にその1~2割減といったところですかね。正直、今売り上げを上げられているのは、自分の顧客をしっかり持っている人だけでしょうね」
なぜタクシードライバーを選んだのか
東京都中野区で生まれた吉田さんがタクシードライバーになったのは、21歳のとき。学生時代は地元でも筋金入りのワルとして名を馳せ、20歳まではいわゆる“不良”として人生を歩んできた。
だが、厳しい上下関係や理不尽な締めつけに嫌気がさし、唐突にドライバーを志したという。タクシー業界に入ったのは、「運転が好きだったから」という程度の理由だった。その後は5社の法人を渡り歩いたあと、40歳で個人ドライバーとなっている。
その道、45年以上のベテランだ。本人曰く、まさかこの年齢まで続けるとは思わなかった。その一方で「この仕事を天職だ」と感じる自分もいるという。
「1970年代なんかは、やればやるだけ稼げたから、仕事が面白くてね。それで本腰入れて仕事に向き合うようになりました。やるからには稼ぎたいし、そのための方法論はいろいろ考えてきた。
今でも20代のときにつけていたノートを見返して、顧客の動向分析なんかするけど、実は人の動きはそんなに変わらないのよ。勉強は嫌いだったけど、仕事を学ぶことは好きでしたね。生まれてこの方、勉強なんかしたことなくて、個人ドライバーになる際の地理試験で初めて勉強したくらいだから(笑)」
一般的に、タクシーの書き入れ時は深夜だとされる。だが、吉田さんの勤務時間は早朝の5時から夕方程度まで。稼げる時間を避けて、なぜそれだけの売り上げがあるのかというと、売り上げの実に95%近くを固定の予約客が占めるからだ。
吉田さんのスケジュール帳は、予約客の名前で埋め尽くされている。中には一部上場企業の幹部や、有名人、海外VIPの名前が連なっていた。月イチ程度で利用する客は50人を超え、海外在住の客も多い。吉田さんは、それだけ多くの顧客から選ばれるドライバーであるということだ。
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