ジョブズがユーザーに「友だち」を求め続けた訳 普通を自然にやるために宇宙をひっくり返した

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「強化したデジタル・マルティメディア……これが21世紀コンピューターのカギだ」。カーメルの別荘にて。デジタル リサーチ設立者・ゲイリー・ギルドール。1992年8月10日(撮影:小平 尚典)

ジョブズがハードウェアの製造にこだわったのも、ソフトウェアでは十分につながれないと考えたからだろう。彼は自分が直接つながりたかった。「友だち」が喜ぶエンド・ツー・エンドのすばらしい製品によって。その中に自分以外のものが混入することは許しがたい。だからクローズド・システムにして媒介的なものや第三者の介入を排除しようとする。

アップルという会社が提供するものは、隅から隅まで自分が管理したものでなければならなかった。その結果、製品を語ることはジョブズという人間を語ることにもなる。iPhoneやiPadを「アップルのデザイン」や「アップルの美学」といった文脈で語ることは可能だし、その背後にはいつもジョブズの存在が感じられるのだ。

1986年に買収したピクサーで、ジョブズは一般向けのコンピューターを販売したことがある。結果的に失敗だったが、このあたりにも彼の人間性が出ているように思う。

それまでピクサーのハードウェア販売先はアニメーターやグラフィック・デザイナーが中心だった。あるいは病院や国家情報保障局といった特殊な市場をターゲットにしていた。しかし法人やハイエンドの専門家を対象とする話にはジョブズは燃えない。これらのユーザーは製品の機能を評価はしてくれても、「めちゃくちゃすごい!」と熱狂はしてくれないからである。

ビジネス面からだけでは説明がつかない判断や行動

つまり、彼らはジョブズの矜持は満たしてくれるかもしれないが、孤独は癒やしてくれないのだ。孤独が癒やされるためには、相手は単なるユーザーではなく「友だち」でなければならない。このあたりからジョブズのビジネスのやり方は難しくなる。

時に強引で非情な面を見せながら、仕事上の駆け引きなどで卓越した手腕を発揮するジョブズだが、企業家としての判断や行動にはビジネス面からだけでは説明のつかないものがある。その感覚はどこか屈折していて、時に人間臭いニュアンスを漂わせたり、深い陰影がついたりする。製品の種類を増やすことに反対したのも、その1つの表れだろう。

もう1つ例を挙げよう。iPodは同期を一方向にして違法ダウンロードを防ぐ設計になっている。コンピューターからiPodに曲を送れるが、逆にiPodからコンピューターへは転送できないのだ。つまりiPodから別のコンピューターに曲をコピーすることはできない。かわりにシンプルで安全、かつ合法的な音楽ダウンロードを提供したいとジョブズは考える。そして生まれたのがiTunesストアだ。

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