産後36歳でがんになった彼女が見つけた「役割」 当事者が情報発信していくことの意義

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翌日、彼女は市役所に再び電話してその結果を伝えると、「電話で話されてもわからないです。窓口まで来てください」と言われた。手術2日前の彼女はカッとなって「もういいです!」と電話を切ると、心が折れそうになった。

結局、夫が2週間休職して、長男の面倒を見ることになった。業務上、夫の同僚にも迷惑をかけることになり、心苦しかったという。

「迷惑をかける」という言葉をなくしたい

開腹手術で悪性腫瘍とわかり、吉田さんは再発リスクを下げるために、卵巣と子宮を全摘出。退院して自宅に戻ると夫は職場復帰した。彼女は3歳の長女を保育園に送り出し、長男をあやしながら家事を少しずつ再開した。

術後5カ月、保育園が決まったころの吉田さん(写真:吉田さん提供)

「本当は子どもがかわいくて仕方ない時期ですが、術後の痛みと体力のない状態での育児と家事は、本当につらかったです。元気な子どもに振り回された挙句に疲れ果てて、トイレに1人で閉じこもったりしていました」(吉田さん)

翌年2月、長男の保育園入りが決まる。術後の痛みも軽くなり、日中に自分1人の時間ができると、彼女には社会への強い違和感が膨らんだ。

「共働きの私ががんになっても、地域社会には支えてくれる仕組みがなかった。厳しい現実を思い知らされ、こんな社会は絶対に時代遅れだって……」

出産や病気、親の介護は、多くの社会人が経験するライフイベント。一方で、少子高齢化が進む日本は労働人口の減少に歯止めがかからない。病気や、老親の介護の度に社員が「迷惑をかける」と辞めていくと、会社も回らない。

「男女を問わず、仕事とライフイベントを普通に両立できる社会になる必要がありますよね。そのためには、『職場に迷惑をかける』という考え方自体を社会からなくしたい、そう強く思うようになりました」

同時に、彼女には苦い記憶がよみがえった。以前勤めていた会社の人事部時代に、がんを理由に退職を申し出た50代の男性社員のことだったという。

「当時の私は、『本人に非はなくても、がんになると会社にも迷惑をかけるし、自分から辞めることになるのか』と思いました。残念だけど、がんだから仕方ないのかもなぁ、と。でも、今振り返ると、あのときの私の考え方も、人事部としての対応も完全に間違っていました」

次ページ吉田さんは自身の経験をふまえて動き出す!
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