中国共産党を悩ますイデオロギーの真空--イアン・ブルマ 米バード大学教授 ジャーナリスト

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 こうした観点から、劉の批判的な見解は国家の転覆を謀るものと見られた。それは政府の権威や国家の正統性に疑問を投げかけるものだった。政府が89年に学生との交渉を拒否した理由、あるいは現在も批判者との和解を拒否する理由が理解できなければ、宗教的な政治の本質は理解できないだろう。

交渉、妥協、和解は、経済合理性に基づく政治の特徴である。それとは対照的に、共通した信念に基づいて国家を支配している人々には交渉する余裕はない。なぜなら、そうした行動は、信念を損なうことになるからだ。

中国で経済的な合理性に基づく政治が行われないと言っているわけではない。状況は変化する可能性はある。儒教の伝統が残る韓国や台湾、日本などでも民主主義は繁栄している。そうした移行が中国では不可能だと信じる根拠はない。

しかし、外的な圧力で移行を引き起こすことはできない。多くの人は劉の投獄に対する抗議文に署名し、この抗議文が彼を元気づけ、彼の意見に賛同している中国人に道徳的な支援を与えることを願っている。しかし、中国の国家主義的な権威を信じる人々の心を動かすことはできないはずだ。中国が宗教的な政治支配から解放されるまで、劉の理想は中国社会に根付くことはないだろう。これは中国にとっても、世界にとっても好ましい状況ではない。

Ian Buruma
1951年オランダ生まれ。70~75年にライデン大学で中国文学を、75~77年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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