例えば、EUは、パンデミックをデマであるかのようにあおる偽情報について、「これらのメッセージは、機関や政府がパンデミックを利用して市民に不当な権力と支配を行使する口実にしていると主張することで、機関や政府への信頼が損われることに焦点を当てていることが多い」と指摘した(EEAS SPECIAL REPORT UPDATE: SHORT ASSESSMENT OF NARRATIVES AND DISINFORMATION AROUND THE COVID-19/CORONAVIRUS PANDEMIC (UPDATED 2 – 22 APRIL)/2020年4月24日)。
例として「政府はコロナウイルスの死者数を誇張するために数字を操作している」「COVID-19の危機はメディアによって作り出されている」などを挙げた。EUが名指ししたのはロシアや中国などの関与(両国は否定)で、6月10日には欧州委員会が新たな偽情報対策を発表している。
つまり、国家不信、メディア不信といった混乱状態に乗じて、海外サイトなどが、真偽不明の情報や虚偽の情報を流布させて、パニック状態となる「インフォデミック」を促進する役目を担い、「パンデミック自体が捏造」という疑惑にまで飛躍させるのである。
「5Gによるもの」というデマとの親和性
確かに、コロナが国家とメディアが結託して創作した虚構であれば、マスクの着用も人と距離を取ることも無意味であり、普段の生活に戻ることが全面的に正しいことになる。統計上の死者が増えてもそれは〝演出されたもの〟として一笑に付されるだろう。驚くべきことではあるが、これらの言説は、真逆の立場にも思われる「パンデミックは5G(第5世代移動通信システム)によるもの」というデマと親和性があるのだ。なぜなら、どちらも新興感染症の大流行という出来事の成り立ちに「自然」(の摂理)ではなく「人為」(の痕跡)を見い出そうとしているからにほかならない。「何者かが自分たちに巨大な罠を仕掛けようとしている」のが共通点だ。
このような考え方に支配されやすい傾向を部分的に後押ししているといえるのが、コミュニティの崩壊に伴う社会的孤立の増大がもたらす「自尊感情の危機」である。思えば、2011年の東日本大震災は「新しい社会不安の時代」の幕開けであった。この時期に出現した「絆」の大合唱と「人工地震テロ説」の流布は偶然ではない。
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