(第2回)円周率π~「円」に宿る深遠なる数~(後編)

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●ラマヌジャンの登場

さて現代、この宿題の式を考えついた一人の天才がインドに現れます。ラマヌジャン(1887~1920)です。

1914年に発表されたこの公式はしばらくその秘めた力が表に現れることなくじっとしていました。インドのラマヌジャンを英国ケンブリッジ大学に招いた数学者ハーディはラマヌジャンにこの式の証明を迫りますが、彼はナマギーリの女神が舌の上に書いてくださるのですといってハーディを驚かせます。ハーディも私と同じような計算をして円周率がはじき出されること、そしてこの式がどこから導き出されたかに大いなる疑問をもったのです。時は流れ、1985年にウィリアム・ゴスパーがこの公式と電子計算機を使い1752万6200桁をはじき出します。最初の100桁部分が一致していることにゴスパーはこの公式が円周率を表すことを確信します。そしてついに1987年ジョナサン・ボールウェインとピーター・ボールウェインの兄弟の手により、その証明がなされたのです。以下は彼らの論文の冒頭ですが、そこに「テータ関数の奇跡」とあるのがわかります。ラマヌジャンは生涯のテーマとしたのがテータ関数でした。

さらにラマヌジャン公式の快進撃はとまりません。1994年にデビッド・チュドゥノフスキーとグレゴリー・チュドゥノフスキーの兄弟が40億4400万桁の当時世界新記録を打ち立てたのです。それはラマヌジャンの公式と同じ原理で導き出したつぎの公式によるものでした。

このチュドゥノフスキー兄弟は、1989年に東大の金田康正グループと円周率計算競争のデッドヒートを繰り広げ、史上初めて10億桁の記録を打ち立てた円周率計算のトップランナーです。ちなみに、この年は8月にデビッド・チュドゥノフスキーとグレゴリー・チュドゥノフスキーが10億1119万6691桁、11月に金田康正グループが10億7374万1799桁まで計算するという競争ぶりでした。その後、日本のスーパーコンピューターの実力と円周率にかけるつよい思いが相まって世界記録を更新し続けたのが金田康正グループでした。199年に515億3960万桁、1999年に2061億5843万桁、2002年には1兆2411億7730万桁にまで到達したのです。ここまでくると、なぜそこまで円周率にこだわり続けるのかという素朴な疑問がでてきます。

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