EU首脳がコロナ後の経済再建へ合意した中身 難航協議の末、「欧州版3本の矢」が動き出す

拡大
縮小

アメリカでは感染拡大で営業停止や事業縮小に追い込まれた企業の多くが従業員を一時解雇した結果、それまで3~4%台で推移していた失業率が4月に14.7%へ急上昇し、6月も11.1%で高止まりしている。

欧州では多くの国で、解雇を抑制し、時短や一時休業で対応した企業に補助金を提供する政策対応が取られた。イタリアやスペインでは一時的に解雇を制限する強硬手段も取っている。そのため、ユーロ圏の失業率は5月に7.4%と、危機前の7%台前半からほとんど上昇していない。

通常の景気後退局面では、迅速に雇用調整を行うアメリカのほうが危機後の雇用回復が早い。だが、今回のコロナ危機では感染再発を恐れた人々の行動変容もあり、失業者が速やかに職場復帰できるかは分からない。社会安定を重視し、失業を抑制する欧州の政策対応は財政面での負担が大きいが、今回の復興基金に先駆けて5月に合意した雇用対策基金(SURE)でカバーする。

ウィズ・コロナで経済活性化は可能か

ただし、課題も多い。欧州の感染封じ込めや失業対策は今のところアメリカに比べて成功しているように見える。だが、欧州には観光依存度の高い国が多く、夏場の観光シーズンを前に渡航解除を急いだ。今後も感染者の再拡大を防止できるかは予断を許さない。財政支援で失業を抑制する時短補助金も、景気低迷が長期化した場合に続けることは不可能だ。支援終了後の失業急増が不安視されている。余剰人員の抱え込みで企業体力が削がれ、構造失業や若年失業の問題を悪化させる恐れがある。

今回の復興基金の合意案では、無条件の財政移転に反発する倹約国を説得するため、財政移転の規模が縮小され、復興計画の中間評価や重大な計画逸脱時の手続きが盛り込まれた。5月に稼働済みのコロナ関連の財政資金を提供する欧州安定メカニズム(ESM)の融資枠も、今のところ利用する国が現れていない。欧州債務危機時の財政救済のスティグマ(汚名)から、利用申請が伸び悩む恐れがある。

復興基金が期待される経済課題の解決と投資拡大に結び付くかも未知数だ。EUは過去にも、域内経済の活性化と金融危機後の投資低迷を打開するため、官民資金を活用し、2015~17年の3年間で総額3150億ユーロ(約39兆円)の投資拡大を目指す「欧州戦略投資基金」を創設した。発案者(当時の欧州委員会の委員長)の名前を冠してユンケル・プランと呼ばれた投資活性化策は、債務危機後の景気回復で一定の成果を上げたが、実行済みの投資案件は目標額に届いていない。

ECBによる大規模な金融緩和策、EUの財政規律の全面適用停止、各国政府による巨額の財政出動など、欧州は政策総動員でコロナ危機に立ち向かっている。だが、こうした時限措置はいずれ打ち切られる。それまでに復興基金をテコに欧州が経済活性化に成功しているかが、真の欧州復興の鍵を握る。欧州版「3本の矢」に期待したい。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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