吉村洋文が大阪都の実現にトコトンこだわる訳 45歳の若き府知事が突き進んできた政治家の道

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塩田:弁護士登録から10年余りが過ぎた2011年、大阪市議選に出馬して当選し、政治の道に入っていますが、何がきっかけだったのですか。

吉村:まったく運みたいなもので、そんな気は全然なかったんですよ。大阪で法律事務所を開設し、やしきたかじんさん(歌手・タレント・ラジオのパーソナリティ)の顧問弁護士になりました。やしきさんの『そこまで言って委員会』という番組を作っているプロダクションの社長と知り合いで、その会社の顧問弁護士をやっていた。その社長から「やしきさんと一緒に飲みに行こうや」と誘われ、意気投合した。それで、個人的な顧問弁護士をぜひ、とやしきさんから言われたのがきっかけです。

塩田:2008年2月に橋下府知事が誕生し、2010年4月に大阪維新の会が結成されました。

吉村:橋下さんが知事になり、大阪維新の会ができる前です。議会が古い体質で、大阪の改革は何も進まないから、政治勢力を作りたいと思った橋下さんが、大阪維新の会結成のための人集めをしていました。そのとき、多分、橋下さんはやしきさんにいろいろと構想を話したと思う。僕はやしきさんから「橋下さんからそういう話を聞いた。1回、やってみたら」と言われたのです。大阪で生まれ育って、大阪をよくしたいという思いがありましたので、チャレンジしてみるかと思いました。選挙はどうなるか、わからんけど、チャンスがあったら飛び込む。そういう性格だと思います。

塩田:政治の世界に入り、プロの政治家として活躍中です。この世界をどう思いますか。

魑魅魍魎がうごめきつつ、世の中を動かしている

吉村:特殊な世界だと思います。民間とはかけ離れた感じの魑魅魍魎とした部分もあり、一方で世の中を動かしていく部分もあります。

塩田:今は政界を引退していますが、橋下氏の政治リーダーとしての本質は。

吉村:ルールやプロセスをすごく重んじ、損得勘定なしで、必要なことをやっていく。そういうタイプの政治家と思っています。大阪の財政がぼろぼろになっている状況で、みんなが見て見ぬふりをしていたところを、全部ひっくり返して財政を立て直し、大阪が成長する土台を作った。大阪にとって、なくてはならない政治家だったと思います。

普通は選挙を怖がったり、自分の将来を考えたりといったスタンスを取る。橋下さんは見事なまでにいっさいそれがない。必要と思うことだけに徹底的に突き進んで、最後はある意味、有権者に判断を委ねる。それで自分がクビになったら仕方がないと思っている。自分の利益はほとんど考えない。そういう意味で非常に稀有な政治家だろうと思います。

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