GPIF改革は間違っている 日本株を買う過ちと、ガバナンスの本質

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さらに、人間は愚かであり、個人で資産運用を金融資産で行なう際には、愚かさは倍増する。多くの個人が売るべきときに買い、買うべきときに売るのだ。たとえば、株式はいったん上がり始めればある程度の期間上がり続けるが、個人は塩漬けにしていた株が上がって、買値を上回ればそこで売ってしまうが、そのような場合は、上がり続けて下がり始めてから売った方が多くの場合リターンが高いことが知られている。

また、株価がある程度上がり続けると、普段あまり株式を取引しない個人が株を買い始めるが、そのときはそろそろピークで、高値づかみとなり、その後長期間売れずに塩漬けにしてしまうことが多いのだ。

つまり、個人の非合理性、産業構造における個人の不利なポジションから、個人の金融資産の運用はかなり難しいことになる。

GPIFの運用をめぐる、2つの構造問題

では、政府に委託した場合はどうか。それはGPIFの能力にかかっているのは事実だが、それ以前に構造的な難しさがある。運用を阻害する2つの要因として、「委託」という構造そのものの問題=「エイジェンシー問題」と、そこから派生する「透明性の要求」あるいは「説明責任」という問題がある。

委託によるエイジェンシー問題とは、おカネを出している出資者は国民であり、それを取りまとめているのが、「政治」であり「政府」であるのだが、それを運用するのは、委託されたGPIFという運用機関であり、それぞれの主体のインセンティブは異なるから、そこにひずみが生まれる。

国民個人のそれぞれの意向と、政府の意向、政治の都合、GPIFの行動性向は、それぞれ異なるから、国民の意向に沿った運用がなされない可能性が高い。これが委託のひずみであり、年金運用に限らず、委託という関係があるすべての事柄に生じるエイジェンシー問題であり、株主と経営者の問題がその典型である。

この問題を緩和するのが、ガバナンスであり、それが企業の場合はコーポレートガバナンスなのであるが、GPIFのガバナンスも、そのように位置づけるべきである。しかし、ガバナンスはリターンを殺す。これが残念ながらこれまでの学会の研究、投資家からの経験則である。つまり、ガバナンスに関するさまざまな措置を採ればとるほど、平均的なリターンは低下していくのである。その元凶が「透明性の要求」であり「説明責任」である。

透明性をGPIFに要求するということは、投資方針を国民に開示せよ、ということになる。さらには、投資の意思決定のプロセス、これから行なうこと、そして現在の状況を報告せよ、ということになる。これをやったら投資家は負ける。あまたのライバルにすべて手の内をさらけ出すことになり、日本株をこれから買うという方針を宣言すれば、それは他の投資家に先回りされ、実際に買うときには高値で売りつけられるし、現在の資産状況が細かく明らかになれば、そこを狙って売り浴びせられることもある。

平常時に置いても、手の内を明かしていいことは一つもない。唯一あるとすれば、投資家としてのサイズが大きいことを利用して、戦略的な情報開示をして、GPIFに追随することが有利であると他のすべての投資家に思わせることであり、世界の最有力の投資銀行やヘッジファンドは、この手法に成功したこともある。しかし、これは、公的年金という立場からは難しく、政治的には、投資家の意向を受けた他の国々の政府から総攻撃を受けるため、実行不可能な戦略である。

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