中国の強硬姿勢を支える「田中角栄」の置き土産 第1段階合意から半年、情勢悪化のナゼ

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ただし、食料の海外依存は危険だ。日本の例を見るまでもなく、供給国の都合で食料危機に見舞われる。

大豆の輸入が止まった1973年にはもうひとつ、日本ばかりでなく世界中を揺るがす事態が起こる。オイルショックだ。

10月の第4次中東戦争に端を発し、原油産出国が生産調整をしながら、原油価格を操作し、世界の経済を混乱に陥れることに成功した。すなわち、戦略物資としての石油が、そのまま武器となることを教えてくれた。兵器に次いで石油は“第2の武器”になった。

そして次に、“第3の武器”として食料が浮上する。当時の気候変動と穀物市場の動向を見据えながら、翌1974年夏にはアメリカCIA(中央情報局)が「世界の人口・食糧生産・気象傾向の潜在的意味」と題する報告書を作成している。その中にはこうある。

「もし現在の世界的な気候の冷却化傾向が続くなら、ソ連、中国など高緯度地域の穀物生産は、生育期間が短くなって落ち込むほか、アジア・モンスーン地域やアフリカも悪影響を受ける。その場合、アメリカとアルゼンチンだけが備蓄の余裕のある穀物生産国として残り、アメリカは全世界に対し第2次世界大戦直後をしのぐ経済的、政治的支配力を持つに至るだろう」

人は食料を奪われては生きてはいけない。食料供給を握ることによって、人の生死さえ左右できる。食料は、その点において武器となる。食料を依存する国は、どうしても供給国に従属的・硬直的にならざるをえない。

食料自給率37%の日本は、戦後の食料支援に始まり、現在でも穀類を中心にアメリカに食料の3分の1を依存している。もはや日本は、アメリカの食料支配の下に対米追従型の経済発展を遂げてきた植民地といえる。

“第3の武器”を逆手に取った中国

ところが、中国が今やろうとしていることは、食料を供給する側が、巨大な市場として依存していた相手国にそっぽを向かれることによって経済的な打撃を被るという、新しい武器としての使い方だ。

第1段階の合意履行に向けての中国の動きは鈍い。今年中に大豆などの農産品を365億ドル分、液化天然ガス(LNG)をはじめエネルギーを約250億ドル分、購入するはずだった。ところが、今年1月から5月までの輸入額は農産品で75億ドル、エネルギーは8億ドルにとどまっているとされる。それぞれ目標値の20%、3%にすぎない。

それどころか、6月1日には香港の対応をめぐって、中国政府が国有企業にアメリカからの大豆と豚肉の輸入を停止するよう指示している。農業生産者はドナルド・トランプ大統領の重要な支持基盤だ。第1段階の合意も、今秋の大統領選挙をにらんだものだったはずだ。これでは再選にも暗雲が漂う。

それもこれも、南米の未開の地を田中角栄が大豆畑に変えた功績による。アメリカから受けた過去の“仕打ち”に始まって、結果的に米中冷戦における中国の兵站を担って味方していることになる。

そういえば、日中平和友好条約を結んだのも、首相在任中の田中角栄だった。これも歴史の偶然だろうか。(一部敬称略)

青沼 陽一郎 作家・ジャーナリスト

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あおぬま よういちろう / Yoichiro Aonuma

1968年長野県生まれ。早稲田大学卒業。テレビ報道、番組制作の現場にかかわったのち、独立。犯罪事件、社会事象などをテーマにルポルタージュ作品を発表。著書に、『オウム裁判傍笑記』『池袋通り魔との往復書簡』『中国食品工場の秘密』『帰還せず――残留日本兵六〇年目の証言』(いずれも小学館文庫)、『食料植民地ニッポン』(小学館)、『フクシマ カタストロフ――原発汚染と除染の真実』(文藝春秋)などがある。

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