「財政は目的でなく手段」の忘却が招く経済危機 プラグマティズムで「均衡ドグマ」から脱却を

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このように、下村は、国際均衡と国内均衡の状況次第で、緊縮財政を唱えたり、積極財政を唱えたりする。つまり、下村は積極財政論者だというのが一面的だというなら、均衡財政論者だというのもまた一面的なのだ。

現実の状況に応じて臨機応変に政策を変えるプラグマティズムこそが、下村の真骨頂なのである。

しかも、下村の強靭なプラグマティズムは、この4パターンの図式にさえも縛られなかった。というのも、終戦直後の高インフレ時は、図式の上では①に該当したにもかかわらず、下村は、緊縮財政ではなく、積極財政を唱えたからである。

当時の下村は、戦争による生産力の破壊という特殊な状況を考慮し、緊縮財政によって国民生活の水準を下げるよりも、積極財政によって生産力を増強することで、需要超過(つまり供給不足)を是正すべきと判断したのだ(「石橋湛山と下村治の慧眼に学ぶ『積極財政』論」)。

均衡財政のドグマから脱却を

さらに言えば、下村は、国際均衡と国内均衡の同時達成それ自体を目的にしていたわけではなかった。下村は、「日本の1億2000万人の生活をどうするか、よりよい就業の機会を与えるにはどうすべきか」ということをつねに念頭に置いていたのである。

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さて、そのような下村が、現下のコロナ危機にどう対処したであろうか。答えは明らかである。

かつてない規模で需要が失われ、デフレが深刻化している。多くの国民の生活が困難を強いられ、就業機会も急速に失われている。このような危機的状況下にあって、あの下村が財政支出を惜しむはずがないではないか。デフレであろうが、国民生活がどうなろうが、均衡財政に固執し続けるドグマティズムほど、下村らしからぬものもない。

しかし、現在の日本政府、政治家、経済学者の多くは、この期に及んでもなお、均衡財政のドグマから離れられていない。プラグマティズムを欠いているのだ。

だから筆者は、「今ほど、下村治が求められている時はない」と書いたのである。

最後に、下村の議論を学ぶ上で留意すべき点について、付記しておきたい。

下村の著作のほとんどは、一般理論ではなく、特定の状況における経済政策を論じたプラグマティックな時局論である。このため、下村の真意を汲み取るには、それが書かれた当時の状況や文脈を考慮に入れながら読む必要がある。いくら全著作を整理しようが、状況や文脈を無視するような読み方では、下村を現代に生かすことなどできないのだ。

中野 剛志 評論家

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なかの たけし / Takeshi Nakano

1971年生まれ。東京大学教養学部卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2003年にNations and Nationalism Prize受賞。2005年エディンバラ大学大学院より博士号取得(政治理論)。主な著書に『日本思想史新論』(ちくま新書、山本七平賞奨励賞)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『TPP亡国論』(集英社新書)、『政策の哲学』(集英社)など。主な論文に‘Hegel’s Theory of Economic Nationalism: Political Economy in the Philosophy of Right’ (European Journal of the History of Economic Thought), ‘Theorising Economic Nationalism’ ‘Alfred Marshall’s Economic Nationalism‘ (ともにNations and Nationalism), ‘ “Let Your Science be Human”: Hume’s Economic Methodology’ (Cambridge Journal of Economics), ‘A Critique of Held’s Cosmopolitan Democracy’ (Contemporary Political Theory), ‘War and Strange Non-Death of Neoliberalism: The Military Foundations of Modern Economic Ideologies’ (International Relations)など。

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