ビートルズが階級社会のイギリスに残した偉業 「かっこいい音楽」を奏で規範を崩しにかかった

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1963年の秋、ビートルズの名はすでにイギリスじゅうに知れわたっていた。その年の11月、王室主催の演奏会(ロイヤル・ヴァラエティ・パフォーマンス)で〔ツイスト・アンド・シャウト〕を歌う前に、ジョンは「次が最後の曲ですが、ひとつお願いがあります。安い席の人は手拍子をお願いします。そのほかの方たちは宝石をじゃらじゃら鳴らしてください」とぶった。

労働者階級の若者が王室の人たちを前にして歌を披露し、あろうことか、ジョークをかますなんてことは、それ以前には考えられないことであった。

翌1964年、公演先のオーストラリアでは、熱狂する群衆がビートルズが泊まっているホテルを囲んでいた。すると、誰かが「すごいなあ。女王陛下が来ても、これほどの騒ぎにはならないだろうね」とあきれて言った。

「そりゃそうさ。陛下はぼくらほどヒットをだしてないもの」

すかさずジョージが応じた。1964年には、こうしたジョークを口にすることができたのである。

皇太子も女王も彼らの音楽に親しむように

やがてチャールズ皇太子はビートルズの大ファンになり、エリザベス女王も彼らの音楽に親しむようになった。階級の壁は、いつのまにか低くなっていたのである。

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そして、1997年11月、エリザベス女王は自身の金婚式の祝賀式典で、次のように述べてビートルズとともにあった歴史を振り返っている。

「この50年は、世界にとってはじつに驚くべき50年でしたが……もしもビートルズを聴くことがなかったら、わたしたちはどんなにつまらなかったことでしょう」

ミドルブラウが上流階級をからかい、上流階級がミドルブラウの音楽に親しむ時代が到来したのも、すべてはビートルズから始まったことである。ビートルズは、新しい時代に生きる、新しい人間たちの可能性を示唆することで、「階級意識」を変容させたのだった。これもビートルズが果たした偉業のひとつである。

里中 哲彦 河合文化教育研究所研究員

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さとなか てつひこ / Tetsuhiko Satonaka

早稲田大学エクステンションセンター講師。早稲田大学政治経済学部中退。評論活動は、ポピュラー音楽史、時代小説、ミステリー小説、英語学など多岐にわたる。著書に『ビートルズが伝えたかったこと』(秀和システム)、『ビートルズを聴こう 公式録音全213曲完全ガイド』(中公文庫 )、『ビートルズの真実』(中公文庫)、『はじめてのアメリカ音楽史』(ちくま新書)ほか多数。

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