「デジタル人民元」は米ドルの覇権を奪うのか 「中央銀行発行のデジタル通貨」虚像と実像

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国内のリテール決済に使おうとしているデジタル人民元は、「人民元の国際化」という文脈とは基本的には関係がありません。中国の人々が、国内で紙の銀行券で支払いを行おうと、デジタル人民元で決済を行おうと、人民元の国際的な地位には何ら変わりがないことは明らかでしょう。

一方、デジタル人民元が、一帯一路に関わる地域を中心に海外にも拡がっていくことを予想する向きもありますが、もしそれが実現したとしても、それはスマホを使った決済として、中国人の海外での買い物など小口決済の世界の話になるでしょう。

先に述べた通り「通貨の国際化」を果たすためには貿易の決済や外為取引など大口決済の分野で幅広く使われるようになる必要があります。すなわち、人民元がデジタル化することは、少なくとも現時点においては人民元の国際化とは関係はなく、ましてや基軸通貨としてのドルの位置づけとは、まったく無関係であると考えるべきでしょう。

人民元の国際化のための「秘密兵器」

もっとも、だからと言って、中国がアメリカのドル覇権に対して挑戦する意図を持っていないと言うつもりはありません。現在、ドルを主体とする国際決済に用いられている国際的なネットワークがSWIFTです。アメリカでは、最近、このSWIFTを他国に対して経済制裁を行う際のツールとしてしばしば利用するようになっており、中国にとっては望ましいシステムではないのは確かでしょう。

拙著『アフター・ビットコイン2』で指摘したのは、人民元の国際化という点では、むしろ2015年に稼働を開始した「人民元クロスボーダー決済システム」(CIPS)という人民元決済のシステムに注目すべきだという点です。

『アフター・ビットコイン2:仮想通貨vs.中央銀行「デジタル通貨」の次なる覇者』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

CIPSは、「Cross-Border Interbank Payment System」の略であり、中国が貿易取引や外為取引などのための人民元決済を目的として構築した決済システムです。90カ国以上から900行以上が参加している世界的ネットワークで、日本からも三菱UFJ銀行、みずほ銀行などが参加しています。

このようにCIPSは、世界中に人民元決済のためのネットワークを張り巡らせており、24時間いつでも人民元建ての決済を行うことが可能となっています。アメリカがSWIFTを経済制裁のツールとして利用する傾向が強まる中で、CIPSは、SWIFTの代替的なネットワークとして、ドルへの依存を低下させることを目指しているものとみられています。

つまり、CIPSは「人民元の国際化のための秘密兵器」なのであり、国際基軸通貨をめぐる米ドルとの覇権争いという視点からすれば、デジタル人民元などより、むしろCIPSの方に注意を払っていくべきでしょう。

中島 真志 麗澤大学経済学部教授、早稲田大学非常勤講師

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なかじま まさし / Masashi Nakajima

1958年生まれ。1981年一橋大学法学部卒業。同年日本銀行入行。金融研究所、国際局、国際決済銀行(BIS)などを経て、麗澤大学経済学部教授。早稲田大学非常勤講師。博士(経済学)。単著に『アフター・ビットコイン:仮想通貨とブロックチェーンの次なる覇者』『外為決済とCLS銀行』、『SWIFTのすべて』、『入門 企業金融論』、共著に『決済システムのすべて』『金融読本』など多数。決済分野を代表する有識者として、金融庁や全銀ネットの審議会などにも数多く参加。

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