マーケットの新常識「適応的市場仮説」の衝撃 今こそ読むべき「オタクで商売人」の最新研究

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もう1つ、本書のロー教授は、自分の関心の出どころを隠さない。貧しい移民の子であり、女手一つの肝っ玉母さんのもとで育ち、ガンでそのお母さんを亡くしたからこそ、彼は本書のトリである未来を語る最後の章で、ファイナンスでガンを治し、貧困を撲滅する道の話を持ち出したんだろう。

最初のほうで出てくる、ファイナンス学界から破門されかけた話だって、それがあったからこそ異端すれすれの、したがってエッジの効いた領域を主戦場として研究を続けてきたんだろう。

つまり本書は、いわばロー教授の研究と人生の集大成であり、今後はこんな分野に進むよという決意表明でもあるんじゃないか。実際、彼の最近の活動を見てみると、バイオ関係への個人投資やバイオ企業へのコンサルティングが多数リストされている。研究して提案するだけでなく、血肉を賭けているのだ。

ぼくが本書に興味を持ったのは、まずは最後の章のタイトルを見たときだった。Boldly go where no one has gone beforeのもじりだ。「スタートレック」の冒頭、テーマが流れる前のモノローグ、〆のセリフである。ロー教授にとって「スタートレック」とはジ・オリジナル・シリーズ、ぼくにとってはむしろザ・ネクスト・ジェネレイションにDS9にヴォイジャーなんだけれど。「スタートレック」好きなら上記のような研究テーマを持つのは自然な流れである。

本書にも出てくるけど、「スタートレック」の世界では、もはや経済学でいう希少な資源なんてものはほとんどなく、レプリケーターでモノは複製できるし、ヘタをすると現実までホロデックで「複製」できてしまう。だからかの世界での経済は、ぼくらが経済といって思い浮かべる姿の「経済」とはまったく異なっているはずで、お金なんて(フェレンギの連中以外はほとんど)誰も興味を持たない。

「スタートレック」の経済学なんて研究書もほんとに何冊か出ている(どなた様かぼくに訳させてくれませんか。よろしくお願い申し上げます)。ところがロー教授は、そんな世界でもファイナンスが大きな役割を果たすはずだと言う。それはどんな役割なんだろうとぼくは思ったのだ。結果は、ぼくが思ったのとは違っていたけれど、どんなだったかは読んでのお楽しみ。

大義のために人生を賭けるロー教授の思い

編集者の矢作知子さんからこの本の翻訳のお話をいただいたとき、分厚い本だし知らない分野の話が山ほど出てくるんで、ぼくは尻尾を巻いて逃げようとしたのだけれど、人使いのうまい(荒い、ではなく)矢作さんは逃がしてくれず、ぼくはまんまと乗せられてお仕事をいただくことになった。

乗せられたのはいいのだけれど仕事のめどは立たない。立たないんじゃ仕事にならないんで、今回、何度か一緒にお仕事をさせていただいた翻訳家の千葉敏生さんを担ぎ出すことにした。一番専門性が高いところを押し付けたのは彼には秘密です。

でもそうしたおかげで、ぼくだととても手に余りそうな章がちゃんとした日本語になった。千葉さんも元は数学系の人なんで、神経生理学とかディープに研究したわけじゃないと思うんだけど、さすがのお仕事だった。

この本の仕事が終わりに差し掛かるころ、ちょうど「スタートレック: ピカード」が始まった。キャプテン・ピカード数十年ぶりの帰還、セヴン・オブ・ナインのおまけつき。もはやピカードは艦長でなく、セヴン・オブ・ナインもキャットスーツ着てないけど、パトリック・スチュワートのプリマドンナイズムは健在だし、セヴンに言われりゃ1日中パニッシュメント・プロトコル・9アルファをエクササイズできます。

で、ぼくはこう思った。今回の世界では、誰も彼もが自分が個人として体験したことのせいで思い詰め、思い詰めた結果、大義のために生きている。敵までがどいつもこいつも善意と個人的体験から思い詰めていて、大義のために手持ちのあらゆる武器を使って目的を果たそうとする。

ロー教授は今、そんな境地なのだと思う。学者人生を賭けて獲得した武器を駆使し、お金と市場の向こうにある大義のために、これからの人生を賭けようとしているのじゃないか。最先端の研究を一般向けに語った本としてだけでなく、それを書いた人であるロー教授個人の思いまでこの訳書で伝えられたら、仕事は一応成功だ、ぼくはそう思うことにした。

望月 衛 大和アセットマネジメント株式会社勤務

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もちづき まもる / Mamoru Mochizuki

京都大学経済学部卒業、コロンビア大学ビジネススクール修了。CFA、CIIA。
おもな訳書に『ヤバい経済学』(東洋経済新報社)、『ブラック・スワン』『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』(ともにダイヤモンド社)など。

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