マーケットの新常識「適応的市場仮説」の衝撃 今こそ読むべき「オタクで商売人」の最新研究

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その結果、超過リターンは減り、そんな戦略のリスクに見合ったリターンが残る。つまり(このあたりからが効率的市場仮説に基づく正統派ファイナンスとは違うところ)アルファがベータと化す。市場はそんなダイナミックなプロセスをたどって変貌していく。

シンプルなモデルでいうと、CAPMみたいなシングルファクターではなくてマルチファクター・モデル、それもファクターがあらかじめ特定されてはおらず、ファクターの数も変化していくマルチファクター・モデルの世界だ。

同じような話を、LTCM後のロバート・マートンも講演で話していた。多分、一緒に研究していたのでしょうね。そう話していたときのロー教授はすでに運用会社をやっていて、一種のヘッジファンド戦略の複製みたいな自社の運用モデルを売り込むのが来日の目的だったのだろうと思う。

本書を読んでいても感じるけれど、ロー教授はオタクであり、かつ商売人である。オタクであるというのは、関心の赴くところへひたすら突き進み、自分が納得するまで追求をやめないところ、商売人であるというのは、自分の関心をほかの人に上手に売り込み、売り込まれた側はぼくもやってみなければと思わせられるところがそうなのだ。

さっきのアグレッシヴなオタク、それにぼくだって、チラシに書かれた目次を見て飛びついたのも、彼のそんな面がチラシにまで現れていたってことじゃないかと思う。そして本書『Adaptive Markets 適応的市場仮説』にも、そんなロー教授のキャラがよく現れている。

神経生理学やネットワーク理論も応用

本書の原書はAdaptive Markets: Financial Evolution at the Speed of Thoughtという。「適応する市場: 思考の速さで進む金融の進化」ってとこ。話はアメリカじゃよく(?)あるコンビニ強盗に巻き込まれそうになって辛くも逃げおおせたパイロットに始まり、最後はガンや貧困をファイナンスで解決する方法(しかも必要な3兆円の資金のとても具体的な調達方法付き)に至る。

その途上には、正統派ファイナンスはもちろん神経生理学に金融ポータブル電卓、ネットワーク理論に金融規制、暗号理論から史上最大のねずみ講詐欺まで、多方面に話が及ぶ。及ぶが飛ばない。ちゃんと流れていく。

それはなぜかというと、たぶん、本人がそんな多方面の研究分野をほんとに自分で勉強したからであり、ファイナンス学者のロー教授がなんで神経生理学とかネットワーク理論を勉強したかというと、自分の関心を追求するためにそんなさまざまな学問の知見が必要になったから、そしてそれがあれば自分の研究をもう1歩先へ進められるからだろう。

その証拠に、こんな分野のこの知見を使えばこんなことがわかるのだよ、という話の後にはだいたい、こんな感じの一言が入っている。「私がだれそれと行った研究では」。

本人が関心の赴くままに、そして自分が納得するために、関連分野や使える分野を自分で全部研究し、なんなら共同研究までやって自分のものにし、それを使って当初の関心の目的地に向かって歩みを進めていく、本書はそんな過程をなぞっているのだ。学者ってそんな人たちでしょう。はたで見る限りそう思うんだけど違いますか?

次ページ「ファイナンスでガンを治す」ロー教授の熱情
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