(1)パンデミックは予測不可能である。20世紀に発生したパンデミックは、死亡率や重篤さ、感染拡大のパターンなどがその都度、違っていた。
(4)ウイルスによる潜在的な感染力は「波」によって違ってくる。1度目に影響を受けなかった年代や地域が、第2波には脆弱になりやすい(Age groups and geographical areas not affected initially are likely to prove vulnerable during the second wave.)。
後へ行くほど深刻になりやすいが、その理由はさまざまである。1918年のウイルスは2~3カ月で収束したが、その後、より強力になって戻ってきた。1957年の場合は、第1波は学校の子供たちが中心であったが、第2波は合併症のリスクが高い高齢者に広がった。
(7)公衆衛生による介入は、パンデミックの拡大を遅らせることはできたが、止めることはできなかった。隔離と旅行制限はあまり効果がなかった。国内の感染は「密接」と「密集」に関わっているので、一時的な集会禁止と学校閉鎖は潜在的に有効である。インフルエンザのパンデミックが、ピークに達するときと収束するときの速度を考えると、これらの処置は長期にわたって強いる必要はない。
(9)ワクチンによるパンデミックへの効果は潜在的には大きいが、検証の余地がある。1957年や1968年にはワクチンの製造能力に限界があったため、生産者が急いだものの効果を上げるだけの量は間に合わなかった。
(10)ワクチンを最初に受け取ることができるのは、国内に生産設備がある国となるだろう。
日本が「第2波」で「最も脆弱な地域」に?
WHOの専門家たちによれば、「パンデミックは1世紀に何回かは起きるものであり、そういうときは第2波、第3波もあるのが普通ですよ」、とのことである。そんなことを言われても、われわれ1957年や1968年のことなどスカッと忘れている。それで今は新型コロナウイルスの流行に呆然とし、第1波が収束に向かっていることを無邪気に喜んでいるのだが、これは第2波が来るまでの「貴重な幕間」なのかもしれない。
今後の注目点となるワクチンもちゃんとできるのか、そして完成したとしても、生産が間に合うのか。日本は国内に製薬会社が多数あるものの、高機能マスクや防護服などの医療機器はほとんどが輸入品であることが判明した。いささか心もとないではないか。
それよりも心配なのは上記の教訓(4)である。第1波をうまく逃れつつある日本は、来たるべき第2波ではもっとも脆弱な地域となるかもしれない。何しろウイルスは変異を繰り返す。次回の感染はアジアが中心で、年代的には若者が危うい、ということだってあり得るのだ。
第1波は運よく乗り越えられそうだが、いったい何が良くて、今後の課題は何なのか。今から新型コロナ対策の事後検証をしっかりやるべきだ。「結果オーライ」で以前の生活に戻ろうとすると、後で痛い目を見るかもしれない。何しろ「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のは、わが国が古来得意とするところですから(本編はここで終了です。次ページは競馬好きの筆者が週末のレースを予想するコーナーです。あらかじめご了承ください)。
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