プーチン、ロシア軍で感染拡大という「大失態」 約3200人の感染が判明、「氷山の一角」なのか

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ではなぜ、4月16日までパレード延期の決断ができなかったのか。

2020年はロシアにとって対ナチスドイツ戦勝75周年に当たる特別な年だ。ロシアにとって5月9日の戦勝記念日式典は「ファシズム陣営に対する勝者」としての立場をアピールする絶好の機会だった。安倍晋三首相を含めた主要国首脳も招待されていた。

そこへプーチン大統領のほうから延期を言い出せば、パンデミックへの敗北宣言と受け止められる危険もあった。今回の延期決定も「功労軍人たちの要請」だということで正当化しようとした。

揺らぐ国民のロシア軍への信頼

延期決定は保留されたままであり、ロシア軍は実施を前提にリハーサルを続けざるをえなかった。その結果、軍付属養成校生徒を中心に集団感染を招いてしまった。

もっとも、集団感染発覚後も、国防省はロシア軍の活動は平常どおりだと強調している。ショイグ国防相は「訓練、演習は計画どおりに実施している。すべての訓練場・演習場が8割以上の稼働率を保っている」と4月24日の電話会議で述べている。

一部の医療専門家の反対を押し切り、4月1日には恒例の春季新兵招集もスタートしている。演習や新兵検査は密集状態が避けられないため、集団感染を引き起こしやすい。兵役が終了すれば、各地での市民生活に戻っていくため、軍を発生源とした全国的な感染拡大の危険は依然として無視できない。

軍とは異なり、ロシア市民には全土で厳しい外出規制が課されている。モスクワでは3月29日以降、全市民を対象にした外出規制が導入された。4月22日以降は許可証なしに公共交通機関や自動車を利用することも禁止された。市中を走る自動車のナンバーは監視カメラ網でチェックされており、許可登録がない場合、1万5000ルーブル(約2万1600円)以上の罰金が課せられる。

新型コロナウイルスの感染拡大防止に貢献することが期待されているロシア軍で集団感染が続けば、国民の軍への信頼の低下を招きかねない。9月に延期した戦勝記念行事について、プーチン大統領は「モスクワでのパレードは必ず行う」と述べている。

だが、パレード参加者や兵役終了者を通じて市中に感染が広がることにでもなれば、強大な権力を誇示してきたプーチン大統領といえども、その責任を厳しく問われることになるだろう。

尾松 亮 作家・ジャーナリスト

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Ryo Omatsu

1978年生まれ。東京大学大学院人文社会研究科修士課程修了。2004~2007年、モスクワ大学文学部大学院に留学。ロシア経済情報誌『ロシア通信』『ダリニ・ボストーク』通信編集長を経て、ロシアCIS地域の社会経済調査・コンサルティングに従事。エネルギー問題を中心に、ロジスティクス、AI、環境問題など幅広い分野で調査経験を持つ。著書『チェルノブイリという経験』『廃炉とは何か』(ともに岩波書店)他。

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