「武士」という存在に罪を感じた男の生き様 「流人道中記」を書いた浅田次郎氏に聞く

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それが江戸時代以降に仏教が説得力を失った理由でもある。公平な世で階級社会を否定している僕らには、仏教的な慈悲よりキリスト教的隣人愛のほうがわかりやすい。そういう意味で玄蕃は、僕ら現代人の西洋主義が投影された人物像だ。

偉大な人間はつねに真理を追究している

──浅田さんがいちばん描きたかったことは何ですか。玄蕃という人間の生き方に込めた思いとは?

時代とともに格好いい男がいなくなった、というのはありますね。男・女でどうこう言う時代じゃないけれども、やっぱり男はかくあるべし、っていう1つのヒーロー像は描きたかった。格好いい男性像。自分で決められる男。

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ともに旅した乙次郎は、玄蕃を引き渡す瞬間、道中での数々の事件、すれ違った武士たちすべてに思いをはせたはず。家格や位でがんじがらめの武家社会という枠の中で、皆、懸命に生きる人たちだった。その枠を玄蕃はぶち破った。乙次郎はその生きざまに貴重な教訓を得たんだろう。取り乱す気持ちを抑え、最後は無言できびすを返す。

僕が思うに、偉大な人間は「本当はどうなんだ?」っていう真理をつねに探究している。そのときの制度、環境の中でみんな動いてるけど、本当はどうなんだ?と考えられるのが大人物ではないか。玄蕃はその1人といえると思う。

──時代小説は感覚が古いとか文章が難しいとか、若い世代はとくに敬遠しがちです。そんな偏見を捨てて、若い人にこの物語から感じてほしいことはありますか。

時代小説がどうのこうのは、僕はあえて申しません。昔の武士の姿から何かを学ぶとか何とか、深く考えなくていい。エンターテインメントですから。面白く読んでもらうのが一番。面白くなければ値打ちはないでしょ? 読んでつまらなかったら本を読まなくなる人も増える。最初にまずいものを食べて以後嫌いになるのと同じ。でもそれは運が悪かっただけ。僕は自分の小説を書いてて自分がいちばん面白がってる。読者の方も一緒に楽しんでいただきたい。とにかく面白く読んでください。

中村 陽子 東洋経済 記者

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なかむら ようこ / Yoko Nakamura

『週刊東洋経済』編集部記者

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