福島原発、見えぬ「トリチウム水処分」のゆくえ 地元林業、水産業者は処理水放出に反対姿勢

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そうした認識の背景には、福島県の林業が置かれた深刻な状況がある。

山林については、除染を担当する環境省が土砂災害の危険性があるとして、住宅地近隣の部分を除いて、放射性物質の除染そのものを認めてこなかった。そのため、木材の生産やしいたけ栽培のための原木の生産がままならず、林業そのものの存続が危ぶまれている。

福島第一原発から近い双葉郡の森林組合の組合長でもある秋元氏は、環境中への放出が「避難を強いられている住民の帰還を阻害する要因になる」と意見聴取の場で指摘した。

漁獲量は震災前の14%にとどまる

水産業関係者も汚染水問題で深刻な被害を受け続けている。福島県漁業協同組合連合会の野崎哲会長は、海産物の出荷制限が解除されたにもかかわらず、2019年の漁獲量が東日本大震災前のわずか14%にとどまったと説明。「若い後継者に将来を約束するためにも海洋放出には反対だ」と明言した。

「海洋には県境もなく、意図的に海洋にトリチウムを放出することは、福島県の漁業者だけでその是非を判断することはできない。全漁業者の意見を聞いていただきたい」と述べた。

意見聴取会では、福島県の内堀雅雄知事や県内自治体の首長も意見を述べた。首長からは問題解決のうえで国のリーダーシップを問う声や、村内で汚染土壌の再利用を受け入れたことを例に挙げて、「どこかで折り合いをつけなければならない」(菅野典雄・飯舘村村長)といった意見も出た。

4月6日の意見聴取会で意見を述べたのは、産業界や自治体関係者ら10人。これに対して、政府関係者による質問はわずか1問だけだった。新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、「今、リスクを冒して開催を強行する必要があるのか」との疑問の声も持ち上がる中での意見聴取会だったが、結局「地元の意見を聞き置く」だけに終わった。

経産省は今後も関係者の意見聴取を進めたうえで、処分方法を決めるとしているが、そのゆくえについて、福島県外に住む市民も無関心ではいられない。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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