コロナ不況でも「最低賃金引き上げ」は必要だ ドイツとイギリスから得られる教訓とは何か

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このように客観的なエビデンスではなく、自分の知っているエピソードや事例を引っ張り出して一般化し、議論の根拠に使う人が多いことには、いつも悩まされています。

ドイツでは「全国一律の最低賃金」の影響は軽微

さて、ドイツでは2015年に、全国一律の最低賃金が導入されました。ソ連陣営だった旧東ドイツ地域の経済は、旧西ドイツ地域よりかなり弱かったので、「全国一律の最低賃金を導入すると大変な悪影響が出る」とさんざん騒がれました。失業者が50万~90万人増えるという予想が発表されたと論文に記載されています。

このような懸念の声にもかかわらず、ドイツ政府は2015年に全国一律最低賃金の導入を断行しました。

その際に設定された最低賃金は、賃金の中央値の48%というかなり高い水準でした。ヨーロッパ諸国の中では、スペインが37%で最下位、オランダが46%、イギリスは49%、トップのフランスは62%です。ちなみに「賃金の中央値の比率に対する最低賃金の比率」のことをKaitz指数と言います。

別の尺度として、1人当たりのGDPに対する最低賃金の水準で比較すると、ドイツは現在47.1%、アメリカは26.2%、日本は36.3%、韓国は47.4%です。

イギリスは最低賃金を1999年に導入した際に、賃金への影響は出ても雇用には影響が出ないように、Kaitz指数を42%の水準に設定しました。この水準は相対的に低かったので、影響を受けた労働者は全体の5.3%にとどまりました。当然ながら、Kaitz指数を高く設定すればするほど影響を受ける労働者の割合は高くなります。ドイツが48%に設定した際には、全労働者の11.3%に影響が出ました。

ドイツに全国一律の最低賃金が導入される前の2014年4月の段階で、新しく設定される最低賃金より賃金が低い労働者の割合は、旧西ドイツ地域では9.3%だったのに対し、旧東ドイツ地域は20.7%でした。男女別では、女性の14.2%の賃金は新しい最低賃金以下で、男性の8.4%を上回っていました。若い人ほど、また企業の規模が小さくなればなるほど、最低賃金より低い賃金で働く人の比率は高くなっていました。

ドイツの場合もイギリスと同様に、全国一律の最低賃金を導入しても、雇用の減少は確認されず、雇用全体への影響は見られませんでした。

この部分は理解されないことが多いのですが、最低賃金導入の影響に関しての議論では、雇用全体への影響は出ないというのがコンセンサスです。一方、影響は小さいながらも、特定の属性の人には影響が出るというコンセンサスも存在します。学者がemployment effectsと言うときに意味しているのは、全体の雇用への影響ではなく、一部の属性の雇用への影響です。「影響」を単純に「失業」と受け止めてはいけません。

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