実際、欧州の国々、特にドイツやイタリアや英国などでは、アグリ(農業)ツーリズムやルーラル(田舎)ツーリズムが盛んで、都市から少し足を延ばせば、その国の原風景と呼べる、歴史と伝統のある美しい農山村が広がり、居心地のいいB&B(朝食付きの宿)や農家レストランがあって、滞在したり、食事をしたりできるようになっています。滞在する人たちは、散歩、トレッキング、乗馬、スポーツ、読書など思い思いの時間を過ごし、時にはパブやカフェで村の人々と語り合ったりもしながら、穏やかな休日をたのしみます。
このような観光スタイルが確立されていることが、これらの国々の魅力を奥深いものにしています。ドイツやイタリアを何度訪れても飽きないのは、文化と経済の中心である大都市や有名な観光名所ばかりでなく、歴史と伝統のある個性的な地方都市や農山村を訪ねる旅ができるからです。
だからこそ、日本より狭い国土でありながら、日本よりも多くの観光客が訪れるのでしょう。国連世界観光機関によれば、2017年の外国人観光客はイタリアで約6000万人、ドイツと英国でそれぞれ4000万人です。対する日本の外国人観光客は、2018年にようやく3000万人を超えたところです」
と、海外を引き合いにして日本の、さらにいえば「山水郷」のポテンシャルに期待する。
「多様性と奥深さ」を実感できる旅
「山深く、南北に長い日本列島の山水とそこで営まれてきた暮らしは、欧州のそれとは比べものにならないほど多様で奥深いものです。世界でも有数のメガシティ・東京がある一方で、ちょっと足を延ばせば、多様で奥深い山水郷の暮らしがある。単に山水があるだけでなく、そこに人々が生きている営みがあり、土地土地の風土の違いを感じることができる。そういう多様性と奥深さを実感できるような旅のスタイルが確立されれば、日本を訪れるリピーターは増えるでしょうし、日本に魅力を感じる人ももっとずっと多くなるはずです」
そして、具体的数字を挙げて提案する。
「観光産業は、日本で最も伸び代があり、急成長が見込める分野です。観光庁が四半期に1回実施している『訪日外国人消費動向調査』によれば、日本に滞在する外国人は、平均して15万円以上のお金を落としてくれます。ですから1000万人来日すれば、それだけで1.5兆円の外貨が稼げる計算になります。
日本への訪日外国人はようやく3000万人を超えたところですが(数年前は1000万人以下だったことを考えると、これでも大躍進です)、日本と国土のサイズが似たようなイタリアには毎年6000万人の外国人が訪れている事実を踏まえれば、まだまだ成長は期待できます。
仮に、イタリアと同程度の6000万人の外国人観光客が来れば、単純計算で9兆円の観光収入がもたらされることになります。観光収入は輸出としてカウントされますから観光収入の増大は貿易収支の改善に寄与します。経済を成長させ、貿易収支を改善する成長産業を支える観光資源として、山水郷は不可欠の存在なのです」
日本がかつて世界に冠たる「モノづくり」の国であったが、井上氏の指摘する山水郷こそは「モノづくり」を支えたおおもとであった。工業の資(もと)となる水利、木材のみならず、都市生活者の衣食住をまかない、さらには人材も供給してきた。
景気が減速し、かつての花形産業が次々に失われつつある今、山水郷は「観光」という資源を再びこの列島に差し出してくれようとする。『日本列島回復論――この国で生き続けるために』は、こうした日本列島の新たな可能性、見直すべきポテンシャルを指し示している。
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