1980年代から日本映画はどう変わったのか 大森一樹監督が語る映画人生と銀幕界の変遷

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 ――(大映のスターだったこともある女優の乙羽信子を描いた)テレビドラマの「女優時代」は、大映撮影所ではなかったのですか?

あれは、物語が大映撮影所なのですが、撮影を行ったのは松竹大船撮影所なのですよ。きっとあれは大船撮影所の最後の頃じゃないかなと思います。

――続けて真田さんが主演を務めた『緊急呼出し エマージェンシー・コール』。オールフィリピンロケが特色の映画です。

セリフが全部英語なので、日本以外のお客さんも見られるだろうと。その辺のもくろみもありました。この映画は東京国際映画祭のコンペ部門に出品したんですよ。でも何も賞はとらなかったな(笑)。これもこの間、見たら面白かったので、今回選びました。それこそフィリピンロケから帰ってきたら、テレビで「ER」が始まったんですよ。本当は「ER」よりも先にやっているんですよ。

――それから『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』。日本アカデミー賞にノミネートされるなど、評価の高かった作品ですね。

これも東映京都撮影所ですよ。東映京都が社運を懸けるのを任された作品です。ただ、松竹が同じ時期に宮沢賢治の映画(『宮沢賢治―その愛―』)を作ったわけですよ。それであかんようになってしまった(笑)。

『悲しき天使』は吉本の漫才コンビのための企画

――その後に手掛けた『悲しき天使』は、お蔵入りの危機があった作品だと聞いていますが。

これは最後の大作じゃないかなと。もともとは吉本の人気漫才コンビのために始まった企画なんですよ。でもその方が出られなくなって、それからどんどん形が変わっていった。配給も決めずに作ったら、案の定、配給が決まらなかった。でもこれもよくできているなと思って。でも、東京国際映画祭のある視点部門で上映されたので、ちょっとは報われたところがあったんですね。

――まさに今回のレトロスペクティブは、今だからこそ見てもらいたい作品が目白押しですね。

かつて日本映画はこれだけ面白かったんだというのを再認識していただければと思いますね。

おおもり・かずき 1952年3月3日大阪市生まれ。1977年に『オレンジロード急行』第3回城戸賞を受賞、翌年同作品にてメジャー映画監督デビュー。1983年に医師国家試験合格。医師免許を持つ映画監督として知られている。1986年の『恋する女たち』で文化庁優秀映画賞、第11回日本アカデミー賞 優秀脚本賞・優秀監督賞受賞。1996年の『わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語』で第20回日本アカデミー賞 優秀監督賞受賞。2005年4月から大阪芸術大学芸術学部映像学科教授を務める。
壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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