コロナ騒動で激売れする小説「ペスト」の中身

今の騒ぎを彷彿とさせる冒頭部分を一部公開

訪ねた最初の病人は、道路に面した寝室と食堂を兼ねた部屋で、床についていた。これは、落ちくぼんでいかつい顔をした、年寄りのイスパニア人であった。彼は自分の前のふとんの上に、豌豆(えんどう)のいっぱい入った鍋を2つ置いていた。医師がはいって行ったとき、ちょうど病人は半ば身を起して、うしろへそり返りながら、喘息病みの老人のごろごろする息づかいを回復しようと試みているところであった。細君が洗面器を持って来た。

「どうですね、先生」と、注射の間に彼はいった。「やつらの出て来るこたあ。見ましたかい」

「そうなんですよ」と、細君はいった。「お隣じゃ3匹も見つけたんですとさ」

爺さんはもみ手をしながら――

「出て来るのなんのって、芥箱って芥箱にはみんないまさあ。こいつは飢饉ですぜ」

「いったいどういうんですの、今度の鼠さわぎは」

リウーが、それに引き続いて、その界隈じゅうが鼠のうわさをしていることを確かめるのには、たいして手間はかからなかった。往診が終って、家へ帰って来た。

「あんたに電報が来てますぜ、階上(うえ)に」と、ミッシェル氏がいった。医師は、また鼠を見つけたかと尋ねた。

「見つけるもんかね」と、門番はいった。「こっちは見張ってまさ、ちゃんとね。で、あんちくしょうども、やれないんでさ」

電報はリウーに母が明日着くことを知らせたものであった。病人の留守中、息子の家の面倒を見に来るのであった。医師が家へはいると、看護婦はもう来ていた。見ると、妻はちゃんと起きて、テイラード・スーツのいでたちに、化粧のあとまで見せていた。彼はそれにほほ笑みかけて――

「ああ、いいな」といった。「とてもいいよ」

それから間もなく、停車場で、彼女を寝台車に乗り込ませた。彼女は車室を見まわした。

「たいした料金なんでしょう、あたしたちの身分じゃ。そうじゃない?」

「必要なことだもの」と、リウーはいった。

「いったいどういうんですの、今度の鼠騒ぎは」

「わからない。まったく奇妙だ。だが、そのうち済んじまうだろう」

それから、彼はひどく口早に、彼女に向って、どうか許してくれるように、ちゃんと気をつけてやるべきだったのに、ずいぶんほったらかしにしていてと、いった。彼女は、なんにもいわないでというように、首を振っていた。しかし、彼は付け加えた――

「何もかもよくなるよ、今度帰って来たら。お互いにまたもう一度やり直すさ」

「ほんとよ」と、目を輝かせながら彼女はいった。「やり直しましょうね」

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