鉄道3線を引き寄せた「小江戸」川越の持つ魔力

明治以前から栄えた商都、「蔵の街」で人気に

開業時、市の中心部に開設された東武鉄道東上線の川越市駅(筆者撮影)

世界中で猛威を振るう新型コロナウイルスによって、中国人観光客が大幅に減少している。東京五輪を目前に控えたこの時期、訪日外国人観光客を増やそうと躍起になっていた政府にとって、年間で約1000万人もの中国人観光客の需要が消失する事態は大きな痛手だ。

一時期に比べると、外国人観光客が訪れる日本の都市は分散する傾向にある。また、中国・韓国人の観光客が大半を占める中、近年はタイ・インドネシア・マレーシアといった東南アジア諸国からの観光客も増えている。

こうした訪日外国人観光客が目指すのは、かつてなら東京を中心に横浜や日光、京都を中心に大阪や奈良といった都市が定番になっていた。しかし、目が肥えた観光客が増えた昨今は様相が異なり、さまざまな都市へ足を向けるようになった。風情あふれる小江戸の雰囲気が漂う川越も、各国からの観光客でにぎわう街だ。

明治以降に生まれた「蔵の街」

年間で約28万人もの外国人観光客が訪れる川越は、蔵造りの街並みが最大の魅力となっている。しかし、“小江戸”の愛称とは異なり、川越が蔵の街を意識するようになるのは明治半ばの大火による復興以降の話だ。

徳川幕府から明治政府へと政権交代を果たした江戸・東京は、1881年に松田道之府知事が東京防火令を制定。これにより、家屋は煉瓦造・石造・土蔵造といった防火建築にすることが定められた。3種類の防火建築の中で、土蔵造は最も安上がりで施工できた。こうして東京の市街地では、みるみるうちに土蔵造の家屋が増えていく。

一方、江戸期に商都として繁栄した川越は、もとから土蔵が多かったものの、今のように目立つほどの存在ではなかった。川越に土蔵造が増えるのは、1893年の川越大火によって市街地が焼失した結果にすぎない。

大火で自分たちの家屋を失った川越商人たちは、土蔵造で住まいや店を再建。これが、現在の蔵の街・川越のルーツである。

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