自筆遺言を「偽物」と言う母と家族を襲った悲劇 認知症の母が原因でバラバラになった家族

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長男の太一さんが私の事務所を訪れたのは、お母さまが亡くなった後でした。

「遺言を書くきっかけは父を亡くしたときの遺産相続でモメたからだと思います」。太一さんは、お父さまが亡くなったときのことを話してくれました。太一さんのお父さまは、空調設備事業で会社を興し、30年かけて社員30名の堅実な事業に育て上げました。ところがその後、60歳の若さで心臓発作による無念の他界。

初江さんはご主人の会社の経理を担当していたこともあり、社内での人望も厚く、従業員や取引先から社長となって事業を承継してほしいと依頼されていたのです。ところが、そこにご主人の弟さんや妹さんが現れて「この会社は自分が継ぐ!」と理不尽な主張をしてきたのです。この主導権争いは、一族を巻き込む大騒動に発展しました。

最終的には初江さんが社長になることで決着したのですが、このときの相続争いの経験が、初江さんに「遺言がないと遺族がモメる」という認識を持たせたのです。

母が書いた「自筆証書遺言」とは

長男(太一さん):「ある日、母から70歳を迎えたら引退したいと相談されました。自分が元気なうちに第一線を退くことで事業承継を円滑に進め、死後も子どもたちにモメてほしくないので、きちんと遺言を書いたと」

私(筆者):「ご主人の相続でモメ事を経験された奥さまが遺言を書かれるケースは、非常に多くあります。お母さまはとても賢明な判断をされましたね。ただ、問題はこの遺言が『自筆証書遺言』だったことですね……」

自筆証書遺言とは、文字どおり遺言者が自分で書く遺言です。公正証書遺言(※)と違って、作成にお金がかからず、証人もいらないので気軽に作成できるメリットがあります。一方で、遺言をそのまま自宅に保存していると、第三者の手で改ざんされる危険があること、厳重に保管しすぎると紛失や不発見のリスクがあるといったデメリットが挙げられます。

(※)公正証書遺言とは、原案は遺言者が考え、公証人が作成する遺言です。2人以上の証人の立ち会いのもとに、遺言者が公証人に対して遺言の内容を口授し、公証人がそれを筆記して遺言を作成し、遺言者と証人がその筆記を確認してそれが正しいことを確認して承認したうえで各自署名押印し、公証人が法律に従って作成した旨を記述して署名押印するという遺言作成の方式です。

今回のケースでは、もちろん太一さんが改ざんしたわけではありません。しかし、その疑いをかけられてしまったのは、「自筆証書遺言だったからこそ」と言えるでしょう。もともと和美さんたちは、自分たちが財産をもらえるなどと思っていませんでした。すでに述べたとおり、初江さんは、「太一にすべてを相続させる」と宣言していたからです。

初江さんが新しい遺言を作成すると言い出したために、「長女(和美さん)・次男・次女」グループと「長男」グループに分かれて「争族」の火ぶたが切って落とされました。

和美さんグループが主導し、寝たきりの母の元に公証人を呼び寄せる。口述筆記で母の公正証書遺言を作成させるためです。かくして、すべてを長女と次男と次女に相続させる公正証書遺言が完成しました。

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